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第一章 現場 ─ゲンジョウ─ 1 第3話
父が運転する車は渋滞に巻き込まれることもなく、順調に実家へ至る道程を走行していた。旧中仙道には観光名所が数多くあったが、運の良いことに、ここを目的地とする観光客は多くはなかったのだろう。大抵の人たちは高速道路を利用するので、その分一般道は交通量が著しく減少するのかもしれない。流れ行く景色を眺めていた少年は、快適な家族旅行になったことを心の底から喜んでいた。この先もずっと続くものと、信じて疑わなかった。
木曾谷の名勝『寝覚の床』の観光のために近くの駐車場で車を止めて、少年たちは小休憩を取ることにした。ここは中津川インターチェンジから五〇キロ辺りに位置し、目的の終着点に近い塩尻インターチェンジまでは残り六〇キロ程度だった。ここから一気に塩尻市街地まで向かうかどうかを少年と父は、地図とスマートフォンを見比べながら予定を考えていた。途中にはまだまだ宿場町や名勝があるので、適度に観光と休憩をはさみながら向かうことに決まった。
母と妹は先に遊歩道を下りていたので少年は、父に先に行くように伝えて売店でソフトクリームを四つ購入してからあとを追った。あまりの熱気にすぐに溶けてしまいそうだったので、自然少年は早足になる。軽快に遊歩道を下っていき、家族が待つ場所に急いで向かった。
家族と合流した少年は、まず妹にソフトクリームを手渡した。妹がその場を離れて川に近づいて行ったのを目の端に捉えながら、残りを両親に渡して、三人で妹の様子を見つめていた。
『寝覚の床』とは、急流で侵食されて出来た地形のことを指すようだ。巨大な花崗岩が、まるで磨き上げられたかのような綺麗な切り口をしていて、これが自然にできたものだとは到底思えなかった。巨大な岩の上部までの高さは、最大では河床から二十メートルに及ぶといわれている。側にはエメラルドグリーンの色味をおびた木曽川が流れていた。幻想的な清流で、岩魚が泳いでいるのが透けて見えていた。
岩の下を覗き込んでいる妹の側に近寄って少年は、この名勝の説明を伝えたが、妹はソフトクリームを食べながら、泳いでいる岩魚に夢中だった。岩魚以外にも魚はいるのだが、どれもこれも同じように見えてしまうようで、少年は妹の要求に応じて魚の説明をしなくてはならなくなった。博識に感じ入ったように、へえー、お兄ちゃんってそんなことも知ってるんだと妹が兄に関心したような目を向けると、文明の利器を利用しているのに気づいて知識が借り物だったことがわかったのか、がっかりしたような表情を見せた。
調べられるものについてはなんでも利用して調べればいいと思ったものの、妹が頭の後ろで手を組んで側を離れて行ったのを、少年は頭を掻いて見送った。少年は肩をすくめると、気を取り直して目線を上げた。遠くに『木曽山脈』の山並みが見えた。あの先に松本平がある。今回の帰省も残り二、三時間で終わりそうだった。
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