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僕はつつがなくスクールを卒業して予定通り財務部に入り、仕事に慣れた頃にシモンから声がかけられた。結局、シモンは僕専属の補佐官となったのだ。
新入りとはいえ地位がものを言う世界。僕には立派な個室が与えられた。
財務部にいると、時代が流れていくのがよくわかる。徐々に軍備にかける予算の割合が増えていく。
「戦争……か」
僕は重い気持ちで書類に目を通しサインをする。
国王陛下の御前会議では、だんだんと軍の発言が大きくなっていると父から聞いた。今はまだ隣国が防波堤となっている。もちろん同盟国である我が国も援助を惜しまない。今は兵器や資金に限っているが……。
*
「フィリルさま、父経由で知らせがあったのですが、来年の春にマリアベルさまが成人を迎えられます。そろそろ結婚の準備をしては、とのことです」
「財務とは関係のない話だな」
「もう休憩時間ですよ? フィリルさまの集中力は素晴らしいですが休憩はきちんととっていただかないと。紅茶はなにになさいます?」
「ダージリンで」
「わかりました」
シモンが文官なのに執事のような手つきで紅茶を準備する。シモンが侯爵家に出仕していた際に習ったそうだ。
頭まである椅子の背もたれに深くもたれかかる。結婚か……。
「結婚式の準備は女性の方が大変だろう。一度ベルの方と話した方がいいな」
「ではスケジュールを確認しますね」
「カインはまだこちらにいるようなのか?」
「そうですね、そう聞いています」
兵士の多くが隣国との国境地帯に集められているため人員不足が深刻になり、平民から徴兵する所まできているらしい。カインはその訓練と警備のため王都を離れられないでいる。
部屋の中央に置かれているソファに移動すると、香りの良いお茶と焼き菓子が机に置かれる。シモンもすぐそばにある自分の机で静かにお茶を飲み始めた。
カインとシルヴィは僕と同じ年齢だ。本当なら私より先に式を挙げていてもおかしくはなかった。
*
僕とマリアベルの結婚式の準備は着々と進んでいるようだ。主にマリアベル本人と僕の母、それとマリアベルの母で行っていて、僕がすることといえば招待客の選別ぐらいだが、王族に連なる身であるので大体は決まっている。式も王宮内の大聖堂で行う。
カインとシルヴィは平民のため招待はできない。するとすれば領地の屋敷で行うお披露目式の時か。
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重い空気が覆ってはいるが、あまり変わらない日常が続いている中でも隣国での戦況は刻々と変わり、我が国への侵攻も時間の問題となってきた。
「シモンも婚約者が決まったことだし、早く式を挙げないとな」
分厚い書類の束を持って横に立つシモンに声をかけると、首を傾げて笑った。
「主人を差し置いてできませんね。しかし外交部にいたらもっとできなかったでしょうから、その点はよかったです」
外交部は戦争の対応に追われて毎日激務らしい。
*
「カインが出兵?」
僕は手に持った書類をぱさりと落とした。
「……はい。」
普段は飄々としたシモンが沈痛な表情で伝えてくれた。
「仕方ないですね」
その顔には『前線に送られるのは立場が弱い者から』と書いてある。
「既婚者は後回しのようですね。……婚姻届だけでも出しておけばよかったのにと思います」
戦争の足跡が、実感を持って迫ってくる。
*
翌日、王宮の中庭にあるガゼボで会ったカインは笑顔で首を横に振った。
「いっそ良かったですよ。なにがあるかわかりませんからね。婚姻届出しただけで未亡人なんて笑えないじゃないですか」
「カイン、冗談でも……」
「兄さん、この戦争の状況からして覚悟はしていたんだ」
静かに微笑むカインは大人びて知らない男のようだ。
「周りの同僚が段階的に派兵されて行った。俺はまだ遅い方なんだ。いつか来るかもとずっと覚悟していたし」
国境地帯は緊張状態が続き、我が国との開戦は時間の問題だと聞く。西国は北方にある帝国の後ろ盾を得ているらしい。
もともと外交部にいたシモンもよく知っているのだろう。口元を真一文字に引き結んで黙っている。
「カイン……。父に言って領地に戻れるように手配しよう。君はバディスト家所属なのだから……」
「いえ、フィリルさま。それは確かに戦争に行くのは怖いですが、俺はこの国を守りたいです。その一役を担えるならば、その役目をお受けしたいと思います」
「しかし……」
「ありがとうございます。それに、実は出立は二週間後なんですが、それまで休暇をいただきました。一度バークレーに戻って両親に挨拶をしてきます」
にこりと笑うカインに僕とシモンは一様に口を噤む。その重い空気の中でもカインは何事もないようにカップに口をつけた。
「お前は頑固だな……。シルヴィにも会って来いよ」
シモンの言葉にカインは一瞬だけ寂しそうに微笑んで頷いた。
*
僕はシルヴィの笑顔が守れたらそれでいいと思っていたのに、なぜこんなことになってしまったのだろう。
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