栗毛聖女、ゲームの始まりを思い出す。

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栗毛聖女、ゲームの始まりを思い出す。

 闇夜の中で静まり返る大聖堂、その最奥には淡い青色クリスタルで作られた夜天を司る女神カスピエッタ様の象があり、ベールで顔を半分隠したその妙齢な女性の像の前で私は手を組み祈りを捧げます。 「をお願いします」  昼間は礼拝客の生命音で満たされるこの大聖堂も今いるのは私だけ。月明りに照らされた静寂の中でカスピエッタ様の象に向けてキーワードを発言すると、像が掲げた杖の先端にある月を模した宝石が輝きだしました。 『―――新たな地へ旅立つ覚悟はよろしいのですね?』 「はい。―――覚悟は出来てます」  天から澄んだ女性の声が降り注ぎ、私は迷いなく答えます。大きな魔法使いの帽子を被り、胸元に星が刺繍された黒ローブの修道服に身を包んだ私は、このゲームの世界でとして遊んできました。 「……今では聖職者の上位職、だけど、……色々あったね」  この月影オンライン(MSO)というゲームはVRMMORPGとして遊べる新型ゲーム機と共に発売されたタイトルで、いわゆるローンチタイトルでした。何年も前になりますが、お父さんがこのゲームを買ってきてくれた日のことも今でも鮮明に思い出すことができます。 「この栗毛も、今では好きだけど最初は目立ちたくないからとかそんな理由で決めたんだっけ……」  私の二つ名は『栗毛聖女』で、その理由となった髪を触ります。―――全ての始まりは忘れられないあの日、そして、その後の学校での出来事からの私はリアルで自分の髪色に複雑な感情を抱くようになったためでした。 ====== 「お母さん、お母さん……っ!」  いつもは簪をさした栗毛色に染めた長い髪が棺の中で広がっている。眠っているのは春奈・ラズベリー(お母さん)で、その棺に縋りつくような格好で泣きじゃくることしかできない紅碧毛をした私、ラピス・ラズベリーは理不尽なこの世界を憎みました。 「なんでお母さんなの? どうして、どうして……、お母さんの綺麗なお顔が傷だらけなの? ……どうしてお母さんが死ななきゃならないのっ!?」  死装束に身を包み、綺麗に化粧をしたその姿は悲しみに打ちひしがれながらも幻想的で美しいとさえ思えました。しかし、それとは対照的に死亡原因となった事故の爪痕はお母さんの顔に深く刻まれていて私を現実へと突き落とします。 「……ラピス」  後ろで薄墨色の喪服を着た私と同じ髪の色のジョン・ラズベリー(お父さん)が。悔しさで苦い思いとねっとりとした口の中の感触を握りつぶすが如く、拳をつよく、ひたすら強く握っているようでした。  ―――別れは突然やってくる。そんなありきたりな言葉が私たちに襲い掛かったのは、ほんの十数時間前でした。 『今夜はラピスの好きなミートボールにするわね』 『やったー! お母さん大好き!』  ありふれた朝の会話をし、『いってきます』と私が言うと、『いってらっしゃい』とお母さんはカバンを叩いて送り出してくれました。それなのに―――、緊急連絡が学校へと入り、すぐに帰宅し玄関を開けて『ただいま』を言っても、『おかえりなさい』が……聞こえない。 「おかえり……なさい……、お母さん……。ミートボールなんかより……、お母さんと一緒に食べるピーマンの方がいいよ……」  お母さんが交通事故にあった。その一報を受けすぐに帰宅した私は、同じように急いで帰ってきたお父さんと一緒に病院へと駆けつけました。……けれど、お母さんはその時すでに目覚めることのない眠りについてしまっていたもでした。―――それから手続きやらなんやらをし、翌朝に三人で家に戻ってきました。 「……お父さんがお母さんを見ているから、―――少しは寝なさい」 「…………うん。お母さんのことお願いね」  その日の晩にお通夜が行われ、昨晩からまともに寝れていない私は泣き疲れてフラフラの状態でしたけど、―――お父さんの涙を始めて見ました。正直に言えばずっと母の傍にいたい。けれど、夫であったお父さん(ジョン)が何も思わないわけがない。娘の前で言えないような語らいもしたいはずだ。そう思い、自分ばかりがお別れを言って、お父さんのお別れを言う時間がなくなるという後悔をさせたくないし、したくもないと思って素直に従いました。 『昨日の昼前に起きた市バスと大型トラックの衝突事故ですが、原因は位置情報識別センサーが誤認したことによるものではないかと現場検証からわかってきました。それについての専門家から意見を伺いました―――』  部屋に戻りにテレビをつけると事故原因について解説しているところでした。自動運転車の整備不良、位置情報の誤作動による信号無視、自動運転技術が普及し事故率が低下した近年では稀にみる、死傷者が多数出るという大きな交通事故だったため特番がいたるところで組まれている有様でした。 「……そんなことわかっても今更だよ」  病院で散々泣いたのにまだ涙が枯れることはないようで、テレビに映る事故現場では飛び散った車の部品や、激突した弾みでぶつかった壊れたガードレールと信号機が事故の悲惨さを物語っており涙が滲みます。 「……お母さん、……声が、聞きたいよ」  顔を合わせて会えるのは明日が最後。お母さんの姿を、顔を忘れないと決意し、笑顔で……は無理でも泣かずに見送りたいとは思い床に就きました。そのままぼんやりとした頭で翌日を迎えて―――。 「皆さん、本日は貴重なお時間をいただいて妻、春奈のためにこの場に集まっていただきありがとうございます。心から感謝御礼申し上げます。春奈は良く笑う人で、皆さんに囲まれて見送られてとても幸せだと―――」  火葬場で進行役の方から促されて棺の横でお父さんが話し始めたところでハッとしました。お母さんを忘れまいという気持ちでいっぱいいっぱいだったからでしょうか、いつの間にか葬式が進み、隣でお父さんが最後の挨拶をしているのを聞いて焦ります。 「―――あっ、私、言わなきゃ……」  思い出したのは本当にギリギリ、けれどまだ間に合う。集まってくれた人たちが最期の挨拶を言い終わり焼却炉の扉が開きます。 「お母さん、ありがとう!!!」  ご飯をいつも作ってくれてありがとう。毎朝起こしてくれてありがとう。育ててくれてありがとう。産んでくれてありがとう。一緒に鳴いたり笑ったりしてくれてありがとう。それからそれから……、いっぱいありがとう! 声がなかなかでてこず、それでもたくさんの思いを込めて、ありがとうを私は思い切り叫んで伝える。 「さようなら、それから―――いってらっしゃい!!!」  元気な声と合っていないぎこちない笑顔だったと思います。煙が空へと昇っていき、私がお母さんから最期に聞いた言葉、もう聞けない言葉、その文字に起こせばたった8文字の言葉は空へと消えていきました。 「……こんなにいい天気だったんだね。―――最高の旅立ち日和だよ、お母さん」  ―――数日後、お母さんはもういないというのを受け入れなくてはいけなくて、私はお父さんの忌引き休暇が終わると同時に再び登校を始めました。 『私たちの宝物、―――ラピスは輝いてこそ宝物なのよ』  お母さんのその言葉を胸に、辛くても一生懸命笑って私は学校へと毎日通いました。……けれど無理をしているのがどうしても出ていたようで、外国人だった父と同じシルバーブランド(紅碧色)の髪は痛み、くすみ、最初は同情的で優しかった周りから次第に幽霊女や根暗と呼ばれ……、距離を取られいるのがわかって、辛くなっていき学校へ行くのをやめました。 「ごめんなさい……、お母さん……、私、輝けなかったよ……」  ―――そして、不登校になり2年ほど経ったある日、このまま堕落していくだけだった私の人生を変えるゲームとお父さんが出会わせてくれました。  それは【月影オンライン】というMSOと略して呼ばれるゲームで、VRMMORPGとして発売された最初のタイトルでした。
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