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栗毛聖女、フィールドに出る準備を行う。
翌日、私はいつも通りの日常をいつもと違った気持ちで迎えました。それはゲーム内の友人であるナツキさんが、実は担任の森永先生だったと知ってしまったためです。
「ゲーム内では大丈夫だったけど、普通にできるかな?」
「ラ〜ピスちゃんっ!」
「わっ、茉実ちゃん! おはよう、今日も元気がいいね」
けれど、とてもハイテンションな茉実ちゃんが後ろから抱き着いてきて、そんな悩みも消し飛んでしまいました。
「おっはよー! そりゃ初VRゲームで色々なスキルを使えて楽しかったしね! テンション上がって寝れなかったよー。だがら深夜のノリだと思って今日は許して?」
「あはは⋯⋯、ちゃんと寝ないと体に悪いからね? 無理そうなら授業は私がメモしておくし、もし先生に当てられても教えてあげるから寝てていいよ?」
一昨日は見習い魔法使いとしてスキルを取得しただけでゲームを中断していたので、実際に色々とスキルを使った昨日はよっぽど楽しかったのでしょう。若干ですけど目に隈が出来ていて寝不足なのが見て取れたので無理しない方がいいと言ってあげました。
「ありがとう、ラピスちゃん! 今夜も遊びたいからお言葉に甘え―――」
「甘えるなっと。まったく、担任として居眠り宣言は見過ごせるわけないだろ」
「あはは⋯⋯」
「うぅ~、今日に限って珍しくチャイム前に先生が来てるなんて……」
茉実ちゃんの頭を後ろから来て手帳で軽く叩いて注意してきたのは担任の森永先生でした。体罰やプライバシーに厳しいこの時代でも恐れずに生徒と向き合ってくれる先生はクラスみんなから愛されているので茉実ちゃんも笑って誤魔化しました。
「貴方もですよ。森永先生、体罰は問題になるからスキンシップのつもりでもそういうのはやめなさいとあれほど」
「げ、 北里先生っ!」
「げ、ではありません。そんな学生のような反応をするから生徒たちが弛むのです。大体ですね───」
「―――っ!」
その森永先生の更に後ろからやってきた学年主任の北里先生が森永先生を注意します。北里先生の声が大きくて私たちが悪目立ちしていることに居心地の悪くなり茉実ちゃんの制服を無意識に掴んでしまいました。
「私は気にしないので森永先生を叱らないで下さい。それに先生は授業に遅れないように私を心配してくれただけって分かってますから」
「⋯⋯はぁ。わかりました」
そんな気持ちを察してか茉実ちゃんは騒ぎを収めるように動いてくれます。普段はお調子者として皆に認識されてますけど、こういう時には空気を読んで場を治めようとしてくれる優しさが私は凄く好きです。
「ありがとう、茉実ちゃん」
「ううん、私が悪いんだしラピスちゃんは気にしないので」
去っていく北里先生の姿が見えなくなると私たちだけじゃなく、周りのクラスメイトたちも安堵したかのようにいつもの朝の空気に戻ります。
「お前らゲームに夢中になるのは構わないがネットとリアルはきちんと分けろよ。特に狐島、お前はあんまりゲーム内で特定されるような話をするんじゃないぞ。何かあったら相談に乗ってやるからいつでもこい」
「森永先生もゲーム好きだもんねー。先生もGFOで遊んでたりしてたら面白いよねー」
そう言って森永先生が教壇の方へと歩いていき皆が静かに自分の席へと着席していく中、茉実ちゃんの話を聞いて愛想笑いしかできなかった私も自分の席へと着席します。
「あー、よく寝たーーー!」
休み時間になり、さっそく寝てた茉実ちゃんが申し訳なさそうにノートを写させてと頼み込んできました。
「もう。言われたばかりで寝るなんて、しかも森永先生の授業でって流石に私もびっくりだよ」
「寝ようと思って寝たわけじゃないの。えっと⋯⋯寝落ち?」
「寝落ちなら仕方がないね」
「ないわけあるかっ!」
森永先生がまた茉実ちゃんの頭を叱りながら叩いてきます。昨日までより距離感が明らかに近いのは私を気遣ってのことのように感じました。
「あまりに気持ち良さそうに寝てたから起こさなかったが、テストの点数で未来の選択肢が変わるんだ。後でわからないことがあれば教えてやるから聞きに来い」
「その時はよろしくお願いします。―――ありがと、ナツキさん」
私の親しみを込めた返事に満足して職員室へと戻っていく森永先生の後ろ姿は、面倒見のいいナツキさんそのものでした。
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待ち合わせの時間より30分早くログインした私は、装備やスキルの確認をしながら冒険者ギルドでアユちゃんを待つことにしました。
「えっと、装備の防御力は⋯⋯って、流石にかなり調整されてるね」
改めて確認したMSOから持ち込んだ装備は、本来の性能なら全部装備することで防御力550の、最大MP+150、詠唱時間20%低下、詠唱中断無効、通常攻撃耐性+40%、魔力補正+80%と追加効果が付く強力な装備でした。
「全部装備して総防御力55かー。効果も含めて性能は全部10分の1に落とされてるね」
現在の性能と比較し、性能から低下率を考えます。各部位の防御力が11という数値は見習い装備の防御力が2というのを考えると、序盤は使える装備だけどすぐにもっと強い装備がGFOで手に入る水準のように思えました。
「たぶん性能解放クエストあるのかな? 思い入れのある装備だからこれからも使いたいところだけど、そこは遊んでみてからだね」
いつの日か、この装備一式を着て攻略の前線で遊びたいなとアイテムウインドウを操作しながら思いを馳せます。けれど、この町であまり目立ちたくもないのでとりあえずは[流星に指輪]だけをそのまま装備しておきます。
「えっと[見習い修道女の服]と[流星の指輪]で防御力13だね」
右手の中指に嵌めた[流星の指輪]は、黒曜石に似た美しいダークライトという石で、妖精リンネの加護が付与されたことにより通常攻撃耐性+4%の追加効果が単品でも付いていました。
「まあ、最初だしガチガチに防御を固める必要もないか」
鎧とアクセサリーで防御力13という数値は頭、腕、足というフリーの部位が仮に見習いと同じ防御力2の装備で埋まっていても、それを上回る数値なので私は十分と判断し装備はこれでいくことにします。
「えっと、次はスキル……って、修道女で覚えられる分は全部最初から習得できるの? あー、ロック解除ってそういうことか」
基本的にスキルレベルを上げたり使い込むことで次のスキルが解放されていきますが、前の世界で既に取得したことのあるスキルに関してはそれが必要ないようでした。
「とりあえず初期スキルポイントが3あるから、回復に詠唱省略、それと移動速度増加を覚えておけばいいかな」
汎用性の高い基本スキルと魔法使いのアユちゃんとの冒険を想定した詠唱省略を取得します。なぜ基本スキルなのかと言えばロックが解除されたといっても消費MPが大きいので今のステータスでは使えないスキルばかりだからです。
「ショートカット機能もMSOと同じだね」
VRゲーム内でのスキルは基本的にスキル名を叫べば発動します。ですが、スキルのショートカット登録をすることで指定した1アクションで即時発動が可能になるのです。登録スキル上限は3つで私はさきほど覚えたスキルを割り振ります。
「お待たせ! ラピスちゃんログインするの早くない?!」
「こんばんわ、アユちゃんこそ早いよー」
「だって楽しみだったんだもん! ほら、ちょっと早いけど一狩りいこうよ~!」
私の確認と準備が一通りところでアユちゃんから声をかけられました。まだ待ち合わせの15分前なのに早くモンスターと戦いたいと急かしてきます。
「はいはい。お互い楽しみだったって事で、―――さっそく行こっか」
「バシバシ倒しちゃおう! 支援はお願いね、栗毛の聖女様っ♪」
アユちゃんには昨日のうちにスキルの使い方について教えてあります。装備も見習いで貰ったローブを身に付けていますし準備は万全です。ショートカット機能については驚かせながら教えようと思い、私たちは初戦闘を行うためにフィールドへと繰り出したのでした。
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