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栗毛聖女、VR技術を語る。
信託の町を一歩出ると草がいい感じに膝丈あたりまで伸びて、風に靡く草むらからは野生のモンスターが飛び出してきそうな雰囲気を醸し出していました。
「ラピスちゃーん! 風が気持ちいいねー! ヴァーチャルなのに不思議だー!」
「あははっ♪ すっごい楽しそうで私も楽しくなってきちゃった♪」
茶色の[見習いローブ]を身に付けたアユちゃんが揺れる髪と服に手を触れながら肌に感じる風に驚いています。純粋にVR空間を楽しんでくれているのが伝わって私も楽しくなりました。
「実はね、今、リアルのアユちゃんにVRゴーグルから微弱だけど風が送られているんだよ」
「―――へ? そうなの?」
私はそんなアユちゃんにVRシステムについてあれこれ話したくなり、知っていることを教えていきます。
「うん。身体の感覚を実際に刺激してよりリアルに感じることができるってのが、このネクステーションの特徴なんだって」
「ぉー! ラピスちゃん凄っ! ゲームの内容だけじゃなくて技術についても詳しいなんてもしや天才なのではっ!?」
「あははは……、私はただの元引き篭もり。みんなより長くVRMMORPGをしてただけで天才なんてものじゃないよ」
けど、みんなとの繋がりのおかげで色々と〝知る〟ことが出来た。他では役に立たないようなゲーム知識でもアユちゃんと会話するのに凄く役に立った。だから、天才っていうのはみんなのことだと思えて少し誇らしげに思えました。
「あっ! なんかふわふわ浮いてるモンスターっぽいの発見!」
「ほんとだねー。えっとフワマルって、名前がそのまんますぎて可愛いね」
風に流されるように草むらの隙間から私たちの目の前に現れた《フワマル》というモンスターは、風船に落書きのような顔が描かれて浮いているモンスターでした。すぐに襲ってこないところをみると視認攻撃型モンスターではないようでした。
「うーん? んーーー???」
「えっと……、アユちゃん何やってるの?」
「いやー、このモンスターなんだけど、ラピスちゃんの言うフワマルっていう名前がどこにあるのかなーって」
体を捻りながら色々な角度でフワマルを見るアユちゃんでしたが、私にとっては当たり前すぎて遭遇と同時にターゲティングしていたためそれを教えるのを失念していました。
「標的固定することで名前が見えるんだった。えっと、注視……は出来てるから、そのまま戦闘に入るイメージで武器を構えてみて」
「えっと―――、こう? うわっ! ラピスちゃん見えたよ!」
アユちゃんが私の指示通り[見習いスタッフ]をフワマリに対して構えると期待通りの反応をしてくれました。
「あれ? けどラピスちゃんはその見習いロッド構えてないよね? なんで?」
「それは私がMSOを長年プレイしてきたベテラン冒険者だからだよ」
「そうかもしれないけど私が知りたいのはそうじゃなーいっ!」
「あははっ、しってるー。アユちゃんってネクステーションの操作方法は読んだよね?」
私はVR機の操作についてアユちゃんと確認しながら話していきます。基本動作はヴァーチャル空間でのウインドウ操作や音声によって行われます。では、それをどうやってVR機が認識しているかと言えば……。
「えっと、ゲームをする時に手首と足首、それと太腿と二の腕に専用のバンドを巻いてグローブもしてプレイをするよね?」
「うん! なんか凄い近未来的でかっこいいよねー!」
「かっこいいとは私も思うけど脱線しないからね? それで、筋肉の緊張や動作の相殺によってゲーム内に情報を反映してるの」
例えば腕を振り上げようとすると、その運動エネルギーを相殺するため腕を下げようとする力がバンドから発生し、実際の体は動かずアバターの行動に変換されます。
「注視状態で武器を構える時、攻撃を仕掛けようと筋肉が緊張状態になるのをトリガーにしているみたい。仕組みはわかった?」
「うん! ってことは―――」
「うん、たぶんアユちゃんの思った通り。私は武器を構えた時と同様の筋肉の緊張状態を作ることでターゲティングしていたってわけ」
普段はプレイヤーだけでなくモンスターも名前が見えない仕様なのは、隠れているモンスターのためやイベント戦闘での名前からのネタバレ防止など色々と言われています。アユちゃんはもう一匹流れてきたワフマルを、私のやったような方法でターゲティングしよう挑戦を始めました。
「でき……できない! けど、なんかずっと視界にさっきのフワマルって名前が映り続けるのすっごい鬱陶しいんだけど……」
「しばらくしたら非戦闘状態になって解除されるから我慢だね」
「ラピスちゃん、いっそあの二匹を倒しちゃわない?」
けれどさすがに初心者に簡単にできるものではなく、最初のフワマルはそのまま流れて草むらの中に飛んでいきましたがアユちゃんのフワマルの後方、視界にずっと名前が表示されていて集中できないと文句を垂れます。
「さすがに二匹は無理だよ」
「止めじゃっ! ―――刺突・一点ッ!!!」
パンッ!
少し離れた場所でスキルを使ったような女の子の声が聞こえて、私の視界からフワマルの表示が消えました。
「それにさっきの子、別の人に倒されたみたいだよ?」
「え? あ、名前が見えなくなってる! てか、声とか風船の割れるような音とかもかなりリアルなんだね!」
「そうだね。―――ちなみに何か、アユちゃんの遊んできた普通のゲームとの違うと感じるところはない?」
アユちゃんが良いところに気付いたのでVR機、というよりはこのVRMMORPGという括りでの全てのゲームにおける変わった部分を私は説明することにしました。
「うーん、VRゲームことだしリアルに感じることだよね……」
「アユちゃん、目を閉じて耳を澄ましてみて? ―――どう?」
「うーん、ラピスちゃんの声がリアルのラピスちゃんと同じように聞こえるとか? だって可愛い声そのままだもんね!」
「かわっ! 惜しいけどそういうのなし!」
人差し指を頭に当てて少し考える仕草をしてからアユちゃんは反応に困る事を口にしました。けど、凄くいい線を攻めてきます。
「基本的に所謂BGMがないんだよ。その分、リアルを感じられるように草木の揺れる音や水の音、足音からNPCやモンスターの生活音までを再現して動きに合わせて雰囲気で感覚に訴えかけてくる凄い技術なんだよ」
4D映画のような触覚を刺激するゲーム機でプレイヤーごとに再現する技術も凄いですが、VRMMORPGをよりリアルに感じさせている技術の真骨頂は、そのリアルと見間違うほど綺麗なグラフィック、そしてハイレゾリューションオーディオを越えた究極の音質がもたらした世界の音そのものなのです。
「あははっ! ラピスちゃんってホントにVRゲーム好きなんだね! すっごい楽しそうに話してるもん!」
「うっ……、けど好きなことだから否定しない。それにさ、私がドヤ顔で話してることって全部みんなが教えてくれたことなんだよね。だからこうしてアユちゃんに説明できるのが楽しいんだ」
もしもみんなとまた会うことができたら、きっとアユちゃんは好奇心の塊となって質問攻めをしそうだなと思い、そんな未来が来たらいいなと思い描くのでした。
「それじゃ、私も話すのに満足したところでそろそろ狩りといこっか」
「うん! 初戦闘がんばろう!」
すっかりターゲティングが外れたフワマルですが、風が弱まったのか私たちの周りをゆっくりと旋回しているのでそのままアユちゃんが杖を構えて戦闘へと私たちは入るのでした。
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