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中の人、原因を調べる。
都会の喧噪も今は鳴りを潜め、深夜のビルの一室ではカタカタというタイピング音だけ鳴り響く。
「VRMMOなんてハイテクなもんの運営会社がパソコン使って報告書を作成とか笑えるよな」
夜勤で21時から出社した俺、南出勇太は一人でサポートセンター宛に溜まった数多の問い合わせメールに目を通した。主な仕事内容はユーザーからの問い合わせへの対応で、そのほとんどは運営に対する要望事項のため各部門へとそれらをいつものように振り分ける。スマートフォンでゲームでもしながらでも片付けられる簡単な仕事のはずが今日は違った。
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【件名:聖職者スキルが発動しない不具合について】
当アバターにて、月影オンラインからGOD・F・オンラインへのコンバートを行いました。前のゲームからの引き継ぎにより聖職者スキルを解放、取得を行いスキルを発動しようとしましたが発動しません。音声認識・スキル画面からの使用、ショートカット登録にからの使用も試しましたがスキルが発動しません。不具合かと思われますので調査、対応のほどよろしくお願いします。
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ラピスというユーザーから送られてきた不具合報告に目を通し、聖職者スキルが使えない条件があるなら早急に対応が必要だと思い詳細を調べ上げた。結果は《加護スキル》の未取得が原因だとわかった。
「それにしてもクソAIが。少しは融通を利かせやがれ」
会社のマニュアルに従い、プレイヤーの状況を入力してどう対応するかを専用AIに訊ねたところ仕様なので対応の必要なしとの回答が出た。その文章は改変できずプレイヤーへとメールとして返信される。―――けれど、俺はその結果に納得がいかず二通目を作成し、実際にラピスというプレイヤーと会ってみることにした。
「成果はあった。原因の『夜天の宝玉』破壊なんて本来は行われるはずのないことが起きた時期も知れた。―――ならここからが俺の仕事だ」
VRMMORPGとしてサービスが開始された最初のタイトルが月影オンラインである。そのため《加護スキル》が他のゲームや現在のMSOでは転職と同時に取得できるのが『夜天の宝玉』を使用したスキル習得クエストという形がとられたのだ。
「あの子は《加護スキル》を取得していないことでスキルが使えない事に納得していた。なら本当にアイテムが消えた事になるが……、あれは受け渡し不可のアイテムで全オブジェクト判定があった時でも破壊不能のはずだ」
運営アカウントによりNPCキャラを一時的にアバターとして利用できる機能を使って神父としてログインし、運営への問い合わせで不具合の対応を求めてきた栗毛の少女に聖職者スキルが使えないのは〝仕様〟であると伝えた。《加護スキル》が原因だと分かると雰囲気が変わった気がした。だからだろうか、原因を真面目に調べて上へきちんと報告しようと思ったのは……。
「VRにそんなリアリティ求めていません! か、リアルってのはもっと理不尽だけどな」
俺は仮想現実技術を開発した会社に新卒で入社したが、研修が終わると同時に子会社へ出向となり新作オンラインゲームであるGOD・F・オンラインの運営チームに配属された。最先端デジタルの環境で仕事が出来る! と入社時は期待に胸膨らませていたけれど、現実は手書き書類にデスクトップパソコンでの簡単な問い合わせ対応と上司への報告ばかり。自嘲気味にそんな事も呟いてしまうのも無理はないと思う。
「仕事をちゃんとやってるか顔を見たいんだとよ。あの子は顔を見なくても信頼する事が出来るってのによ」
なぜVRオンラインの技術を持ちながらVRリモートワークで仕事をしないのか? そんなことを思った時期もあったが、理由は単純に監視と低コストだからだと先輩が言っていた。
「あー、だから仕事は楽しくないのか。出来ない、出来ない、って違うだろ! もっと信頼しろよ、期待しろよ!」
MMORPGでの聖職者というのは基本的に固定パーティになりがちだがそれは必要とされるからであり、命を預けるなら腕も人間性も信用できるプレイヤーと出来る限りパーティを組みたいからだ。当然、聖職者にも選ぶ権利はあるが、聖職者は低レベルモンスターでソロのレベル上げが出来ないためパーティへの依存度は大きい。
「あの月影オンラインで聖女とかどんなけだよ」
MSOは大型モンスターが跋扈する世界のため5人以上のパーティが推奨され、最新マップでのソロ狩りは不可、ヒーラー必須と言われるほどの高難易度のゲームだ。そんなゲームで聖職者の上位職になるというのは見ず知らずの数多くのプレイヤーとパーティを組んでこなければ不可能だった。
「けど、そんな子がもうヒーラーを出来ないなんてな……」
MSOでプリアというプレイヤーに『夜天の宝玉』を渡したと言っていたので、プリアのプレイヤーデータを本社のデータベースから呼び出して『夜天の宝玉』を検索した結果、確かにラピスからアイテムを受け取っており―――消滅させていた。
「……重要アイテムに攻撃して消滅させるとかバカなのか? ―――いや、そもそもなんで重要アイテムの取引が出来るんだ?」
ラピスからプリアに確かに『夜天の宝玉』は渡されていた。重要なクエストアイテムで受け渡しにも関わらずだ。違和感を感じて急いでアイテムの詳細情報を開くとプレイヤー間取引不可、売却不可のロックが何故かかかっていないことに気が付いた。
「何が仕様だよ。不具合じゃねーか」
確かに事象としては〝仕様〟と呼べるが、元を正せば不具合から始まっていた。さらにアイテム情報を遡ると、アイテム強奪スキルが使えるモンスターの攻撃で一度プレイヤーであるラピスから所有権が消えた事が原因だった。
「なるほど、―――わかってきた。《加護スキル》実装時に受け取った『夜天の宝玉』を持ったまま当時の最高難度のダンジョンに挑んだ。アイテム強奪を受けてモンスターへと『夜天の宝玉』は移動、この時にアイテムの保護設定は解除されてラピスからプリアへの受け渡しが可能になったわけか」
そうなると話は変わってくる。信仰神によって聖職者スキルが使用出来ないのは仕様であり《加護スキル》を取得せずにコンバートしたのはプレイヤーの過失である。何故ならば、重要アイテムというのは必ず該当プレイヤーが所持しているので警戒メッセージが表示されるから、そういう理由で仕様という回答をAIが示した。だが、《加護スキル》未取得で『夜天の宝玉』という重要アイテムを所持していないケースを想定していなかったのだ。
「これなら運営に責任があって個別対応で《加護スキル》取得という補填をしてやれるかもしれない! よしっ、やるぞ!」
深夜に書き上げた報告書、その結末は―――。
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『夜天の宝玉』の譲渡は本人の意思で行われた行為であち、すでに〝仕様〟として解決した問題である。そのため個別に補填は行わない。しかし、同様の事案が発生する可能性があることから『夜天の宝玉』を強奪したモンスターのアイテム強奪スキルの判定から重要アイテムを即時削除、アイテム強奪スキルを保有している全VRMMORPGのモンスターへ対応の水平展開を行い対策の終了とする。なお、ユーザーへの告知は行わないものとする。
以上。
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神父の中の人、南出勇太はこの件がきっかけでサポートセンター業務から移動となる。それでも彼は自分のやった行動は正しかったと最後まで胸を張っていた。―――その姿は『夜天の宝玉』を燃やしたから《加護スキル》が取れなかったと言ったラピスと重なるものがあったが本人も含めて誰も気付かなかった。
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