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栗毛聖女、思い出に浸る。
お母さんを亡くし、父娘の二人暮らしになった家の中はあまり物がなく生活感が希薄でした。それは私は引き篭もり、お父さんは家事に仕事にと必死で二人ともが自分趣味の呼べるようなと物がなかったためだったかもしれません。
「ご馳走様……」
「ラピス、待ちなさい。……学校へは行っていないとはいえお前ももう中学生だ。無理に学校へいく必要はないとは思うが、―――それでも親としては人との関わりは持って欲しいという気持ちもある」
どんなに忙しくてもお父さんは私の健康を考えて4品目は必ずおかずを出してくれます。そんな夕食を食べて引き篭もる私はいつも申し訳なくて、ちゃちゃっと食べて部屋に戻ろうとしましたが、この日は珍しく引き留められました。
「私は家から出ないよ? 私を知ってる人に会いたくないもん」
「……出なくていい。そのためにこれを買ってきたんだ」
最近は言われなくなりましたが、また外出を促されると思い先手を打ちます。けれどお父さんはそれを否定し、代わりにラッピングされた大きな箱を取り出して渡してきました。
「これ何? 今日は私の誕生日でもないけど」
「いいから開けてごらん」
箱を受け取り可愛いリボンを解いて包装紙を破くと―――、中身のパッケージが目に飛び込んできました。―――月影オンライン、それは今話題の入手困難なVRMMORPGのソフトでした。
「月影オンライン……、ねぇ、お父さん。ゲームはソフトだけじゃ遊べないんだよ?」
「ははっ。―――ラピス、さすがにお父さんもそこまで無知じゃないよ。VRゲーム機は大きいからね、後日届く予定になっているんだ。まずはその説明書を読んでゲームの世界観や操作方法などを覚えるといい。お父さんもお店でプレイをしてきたが本当にゲームの世界に入ったような感覚になったぞ!」
私の心配は杞憂でした。ちゃんとゲーム機も買ってくれているようで、興奮して話すお父さんの姿を見て少しだけ興味が沸きました。
「わかった、楽しみにしておくね。―――ありがとう、お父さん」
「ああ、楽しみにしててくれ」
後日、届いたVRゲーム機はとても大きくてびっくりしました。
「えっと、この大きなパソコンのようなものが本体かな。あっ、VR回線もちゃんと差し込んである!」
VR回線というのはネット回線とは別物で、臨場感溢れる音声の他に、温度変化させた空気や匂い、ミストなどを肌に刺激として与えてゲーム内での認識に変えるための専用の回線で、それが繋がっているのを見て本当にVRMMORPGを私がプレイするんだという実感が湧いてきます。
「えっと、準備はこんなもんかな?」
ゲーミングチェアのような椅子に座ってヘッドディスプレイを被り、手首と足首、太腿と二の腕にリストバンドのようなものを巻き付け、専用のグローブを両手に嵌めて、私は椅子に備えられている電源ボタンをオンにします。
『VRホームへようこそ。こちらではプレイヤーデータの回覧や編集、VRルームの模様替え、フレンドとのVRルームへの行き来が行えます。ゲームを起動する場合はそちらの転送装置をご利用ください』
―――ゲームを起動して初めて目にしたVR空間の凄さは言葉では語れないほどの感動を私に与え、そこで出会った見ず知らずの人たちと私はたくさん遊びました。
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そして、小学6年生の時から始めたこのゲームで、私は聖職者として世界中を旅して名を残してきました。まあ、ネットゲームで有名になるってのは時間を犠牲にしてきたこととイコールなので、私は中学生の間も家に引き篭もって不登校を継続だったのですが。
「これもナツキさんやエミルさんたちのおかげだよね」
自宅で勉強を頑張り、私は高校へと進学することができました。それはゲームの中だけの関係だった友人たちが私を支えてくれたおかげで、とても感謝しています。
「……ナツキさん、元気してるかな」
ネットゲームは一期一会、そうでなくてもそれぞれの生活や価値観の違いから疎遠になって会うことのない人もいて、この世界からいなくなってしまった昔の友人を思い出し、ふと感傷に浸ってしまいました。
「私もみんなからそんな風に思ってもらえるのかな?」
VRMMORPGというジャンルはアバターが一人一つという制限があります。―――私はリアルで友達になった子とこれから別のゲームで一緒に遊ぶためにコンバート機能を利用して別のゲームへと旅立ちます。
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きっかけはVRMMORPG特集が見出しのゲーム雑誌を読んでるクラスメイトを見かけた時のことでした。引き篭もりから高校デビューを果たした私は、―――思い切って自分から雑誌を読んでいた隣の席の狐島茉実ちゃんに声をかけました。
「それ、ゲーム雑誌だよね? 狐島さんもゲーム好きなの?」
「うん、好きだよ。だけど、こういうVRゲームって興味はあるんだけどやったことなくてさ、雑誌で読んで満足してるわけ。ラピスちゃんは詳しいの? ―――あっ、ラズベリーさんだね。ごめんごめん、あんまりに可愛くてつい」
隣の席とはいえほとんど話したこともない私に対して親しく話す姿が、ネットゲームで昔、一緒にパーティーを汲んだ誰かと重なります。
「ラピスでいいよ。なんとなく狐島さんにはそう呼んでもらいたいから」
「え!? ほんとー??? じゃあ、ラピスちゃん! ね、ラピスちゃん。なら私のことも茉実って呼んでよ」
「ま、茉実ちゃん。……これでいい?」
「うん! これで友達だよね! それじゃ、VRのゲームについて色々とラピスちゃんに教えてもらおうかな~。ちょっとこれ買ってくるから待ってて! 近くに美味しい喫茶店知ってるんだよねー、一緒に行こっ!」
私の過去を知らないから偏見を持っていないのでしょうか。いきなり話しかけた私とも普通に会話してくれて、学校で見る姿よりも明るくて、私たちはすぐに友達になりました。
「ねぇ、ラピスちゃんってGFOはやらないの?」
「うん。私はMSOでもう遊んでるからね」
「そうなんだー。ラピスちゃんとVRMMORPGで一緒に遊べたら楽しいと思うんだけどなー。私もMSOにしようかな」
「うーん、もうサービス開始から何年も経ってるからねー。同じくらいのレベルで初心者とかいないと思うし、遊び辛そうだからちょっとオススメし辛いかな」
「ならさ、私がGFO始めたらラピスちゃんの友達ごと全員でGFOに行って遊ぼうよっ! ラピスちゃんの友達に私も会ってみたいし!」
そんな興味はあるけどまだVRMMORPG未経験の茉実ちゃんが新作ゲーム、GOD・F・オンラインに誘ってくれたました。彼女もゲームは好きなのですが、親が厳しくて高校生になるまでVRゲーム機を買ってもらえなかったそうです。ですが、この夏にようやく高校合格祝いとして買って貰えるということで、一緒に先日リリースした新作のGFOをやりたいとのことでした。
「みんなソフト買わないといけないし、それぞれに人との付き合いもあるから難しいかも。けど、気持ちは嬉しいからこんなことがあったよって一応は話してみるね」
「うん! 期待せずに待ってるって言いたいけど、期待して待ってるねっ!」
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「で、その話をエミルさんたちにしたら友達と遊んで来いと言われたんだっけ。―――装備は持っていけるけど、聖女は上位職だからしばらくは修道女かな」
私のアバターですが、小柄な栗毛の女の子で回復魔法を使う聖職者です。淡々とこなす口数の少ない私だったのですが、気軽に狩りに誘ってくれるギルドメンバーのおかげで上位ジョブの聖女となることができました。
そんな気心しれたみんなが背中を押してくれたから、小6から義務教育の4年間を遊んだ愛着があるこのMSOから、私は離れる決心ができました。
『コンバート先を指定してください』
「……またいつか戻ってくるからね」
この居心地の良い世界で人との関わり方を教えてもらいました。だから高校生活を無事にスタートできたのはこのゲームのおかげで、私は多くの人に助けられて今があります。
「人と、茉実ちゃんと関わることを選んだのは私だから。―――これからはリアルとも向き合っていくよ」
私はこの世界が好き。……だけど、コンバートによって違うゲーム世界へとアバターを移動します。それが引き篭もりだった私をゲームのレベルや腕だけでなく、人として成長させてくれたみんなに返せる恩返しだと思うから。
「GOD・F・オンライン、照光世界、ダーマラス大陸、ホルア帝国・信託の町への転移実行をお願いします。……ほんと、こんなリアリティーなんていらないのに」
茉実ちゃんと待ち合わせのために転移するゲーム名、サーバー、開始地点を指定します。ちなみになぜ一人一アバターで、今のゲーム世界を捨てて転移をしなければならないかというと、VRMMORPGが仮想現実、ヴァーチャルなリアリティーを追求した結果、アバターはあらゆるVR世界において一人一体しか存在できない仕様になったと開発者のインタビュー記事に書いてありました。
「さよなら、……みんな」
ここまで口頭でシステムを動かしてきましたが、最後の重要な項目は目の前に現れたウインドウから規約などに同意してサインを入れる必要があるらしく、私は空間を指でなぞる様に画面操作をして『ラピス』と最後にプレイヤー名のサインを入れました。
【サイン確認、承諾。コンバート作業開始】
すると、システムメッセージが聞こえてきました。それと同時に背後でギィィィと大聖堂の扉が開かれます。
「夜天を司いし女神カスピエッタ様! 今宵、新たな一歩を踏み出す小さき星に更なる輝きを授けたまえ! 」
私一人しかいなかった大聖堂によく知っている気高い声が響き渡ります。そして、月影オンラインからGOD・F・オンラインへとアバターデータを対応させるコンバートが開始されている私の体を、赤みを帯びた暖かな光が降り注ぎステータス強化の魔法がかかりました。
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