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栗毛聖女、世界を旅立つ。
突然かけられた魔法に包まれた体はなんだか力が湧いてくる感じがしました。
「……これって前衛の人にかける攻撃力強化のバフだよね」
攻撃力強化魔法なんてものを魔法職、しかも支援職である私にかける意味は本来はありません。あるとすればお祝いや騒ぎたい人が遊びでかけるくらいです。そしてこの状況で考えられる魔法の意味はもちろん―――。
「エミルさん、それにみんな……」
振り返ると大聖堂の扉が大きく開かれていて、そこには人垣ができていました。先頭に立っているのはギルドマスターのエミルさん、それから見知った顔から思い出せない顔、まったく知らない顔まで多くの人が私を見送りに来てくれたようです。
「なんで来てくれたの? もう挨拶は済ませたし、見送りはいらないって言ったはずだけど……」
「ラピスがみんな大切だからだよ。見送りはいらないだって? それを決めるのは私たちさ、だからみんなで来ちまったよ」
私はゲーム世界の転移をする旨を知人に知らせて軽く挨拶は済ませたはずです。ネット上の繋がりなんて脆くて儚い、そのことをこれまでお別れしてきた人たちを見て知っています。リアルが忙しくなってゲームにログインできなくなった人や、飽きてしまってフェードアウトしていった人。その時は悲しくてもすぐに忘れてしまうし、私だけが特別だなんて自惚れは持っていません。だからこそ少しだけ……涙ぐんでしまいます。
「そんな顔をするんじゃないよ。ラピス、あんたはこんなにたくさんの人との縁を繋いできたじゃないか。あんたが真面目に役割をこなす、礼儀もしっかりているいい子だってみんな知ってる」
エミルさんの言葉を黙って聞きますが、私は……、私の世界はここだけだったから……。だからせめてここの居場所を守ろうと必死で……。
「困ってる人につい手を差し伸べてしまう性格のせいで苦労してる姿も知ってる。あんたに助けられた人もここにはいっぱいいるんだ。だから、私はあんたに自信を持って欲しくて、―――胸を張って次の世界に行って欲しくてみんなに声をかけたのさ」
ニカっと笑うエミルさんが掛けてくれた攻撃力強化のバフ以外にも防御力強化や素早さ強化、魔力強化といった様々なバフで身体が様々な色の光に包まれて、私の栗色の髪すらも金、白銀、漆黒と次々と人々の描く聖女のイメージ通りの色へ変色をしていきます。
「あっちの世界でリアルの友達が待ってるんだろ? 覚悟して行けよ。リアルがあるってことはゲームのように簡単に関係をリセットできねーんだ。ま、いつものお前なら大丈夫だろうがな」
「ラピスちゃん、そっちの世界で出会ったらまた遊ぼうね!」
「コンバートは初めてだろ? ステータスは1からだがスキルはどのゲームも共通で使えるはずだ。じゃなけりゃVR操作になれた前衛のプレイヤーが有利すぎるからな。まあ、少しの違いはあるかもしれないがそこはゲームの設定と思え。がんばれよ」
【コンバート完了、600秒後に転移を開始します。持ち込めるアイテムは現在の装備品のみとなります。ステータスは初期化されます。スキルは転移後の世界に対応したスキルに変化します。転移開始まではキャンセルが可能です】
私が所属していたギルド、『第六天明王』のみんなが口々に声をかけてきてあたふたしていると、システムメッセージが流れてコンバート作業が完了したことを告げました。
「うん、ありがとう。頑張ってくるよ。―――って、え?プリアちゃんも転移するの?」
「だって私もラピスちゃんの友達だよ!? だったらどんな世界にだって一緒にいくよ! それともラピスちゃんにとって、ネットの友達は友達じゃないの!?」
「そんなことないよ! うん、先に向こうで待ってるね」
これが繋がりとして最後になる人もいるかもしれません。なので、私は残りの時間で思いを伝えていきます。けれど、プリアちゃんの予想外の言葉に私はびっくりしました。
(……そっか、プリアちゃんは私と遊びたいと言ってくれた茉実ちゃんと同じなんだ)
そんなことを思いながら、この子と友達になれて本当に良かったと思いました。
「私にとってね、プリアちゃんもリアルのその子も大事な友達だよ。だから、その子とも向こうであったら仲良くして欲しいな」
「当たり前だよ! あ、GFOなら私ね、なりたい職業があるの! だからスキルを破棄して1からスタートするね!」
「うん。私のプレイヤーネームは変わってないはずだから、向こうについたらラピスに連絡してね」
「わかった! 必ず連絡するね!」
黒色の大きなとんがり帽子を被っていても目を引く長髪は真っ赤で、魔術師ローブを着て大きな杖を抱えた火属性を操る魔法使いの女の子はプリアちゃん。なんでもかんでも燃やしてたらイベントが進まなくなちゃって私の重要アイテムをあげたらこんな感じに私好き好きというようになってしまいました。―――まあ、そのせいで〝夜天女神の加護〟というスキルを私は取れなかったのですが、プリアちゃんが喜んでだしそれでいいかなっと思ってます。
「ジャスター、いつも暴れまわってて怖かったし、遠慮なく絡んできて困ったりもしたけど、そんな貴方に憧れてた私は変われたかな?」
「昔はもっと口下手でおどおどしてたろ。それに、さっき大丈夫だって言ったのは本心だ。心配しなくても成長してる、この副ギルドマスターのジャスター様がもう一度言ってやる。いつものお前なら大丈夫だ、胸張って生きろ」
「ジャスターって優しいよね。―――うん、もう昔の私じゃないからねっ!」
狐耳に七宝繋ぎの黒い和服を着崩し、巨斧を背負った長身で白髪の男はジャスターさん。彼はギルドに入ったばかりの当時の私にとって恐怖でしかありませんでした。見た目怖くて無遠慮で戦闘狂、だけどいつもギルドメンバー同士の間を取り持ってくれたりとお節介焼きで、ギルドの雰囲気が良かったのは彼のおかげで、本人には言いませんが今では私の憧れの人です。
「ありがとう、ジャスターさん。行ってきます!」
人目を気にせずに生きて、誰にでも優しくて一目置かれる存在に私もなりたくて……。リアルの私は何もできないかもしれないけど、ネットゲームのこの世界なら変われたから、だから真っすぐに目を見て「ありがとう」と恥ずかしいけど口にして伝えます。
「カゲミツさん、大変お世話になりました。私がヒーラーとしてやってこれたのは勉強の大切さをカゲミツさんが教えてくれたおかげです」
「そんな畏まるなよ、俺は別にお前のために教えたわけじゃない。パーティーの生存率を上げるために教えただけだ。それに、ただ仕様を調べるのが趣味なだけでそれを自分のものにできたのはラピス、お前の力だ」
「―――はい。ありがとうございました」
小柄な体で白の道着を着て、緑髪にエルフ耳で長槍を手にしているのはカゲミツさん。この人は少しでも体力が減ったプレイヤーにヒールをすぐに飛ばしていた私に、魔力管理やヘイト管理といった基本からスキルの応用技までヒーラーにできること、成すべきことを教えてくれました。その他にもいろいろとありましたが、社会性というものもこの人から学ばせていただいたので頭があがりませんが、こういってもらって頭を下げるのも失礼な気がして、カゲミツさんとも目を見て感謝を伝えました。
「行ってきます。―――あ、そういえば」
「……なんだ? 泣き言なら聞かんぞ」
「いえ、やっぱりなんでもないです。きっと……そうだと分かってますから」
カゲミツさんと初めてパーティーを組んだ時、私はこの人の動きに懐かしさを感じました。その理由は―――、あえて言わないで旅立ちましょうか。きっとカゲミツさんは覚えていないでしょうし。
「エミルさん、お世話に……」
「待ちな、感謝を伝えるのはいい。けれど今生の別れのようなものが私は嫌いだ。それに見てみな、あんたが感謝を伝えた二人の情けない顔を。まったく、男のくせに情けない」
エミルさんに言われて二人を見ると、ジャスターさんも、普段はあまり感情を出さないカゲミツさんも寂しそうな顔をしており、私は自分の愚かさに気付きました。―――これは旅立ちで別れじゃない。だからそれ以上は言っちゃダメなんだって。
「―――なりましたけど、向こうに来たら私がお世話してあげますから頼ってきてくださいね」
「ああ、そんときゃよろしく頼むよ。まあ、私はこの世界と心中する気ではいるけどね! はっはっは!」
豪快に笑うギルドマスター、エミルさんはフリルスカートの可愛らしい洋服から職業である騎士らしい白銀の鎧に一瞬で装備を切り替えて剣を掲げました。それだけでエミルさんが場を支配し、空気が止まったように感じる。―――この圧倒的なカリスマが私をこのギルドへと引き寄せたのです。
「我ら〝第六天明王〟の同胞よ、旅立ちを恐れるな! 我らは救われた、汝にだ! 汝も我らを救ってきたのだ! この過疎ゲーと言われるMSOで汝は太陽だった。その証拠に多くの人が集まっているではないか! もしこの夜天に帳が下りる日がこようものなら我らは太陽の元へ集おう。新たな世界での汝に祝福あれ!」
「「「祝福あれ!!!」」」
【これより転移を開始します】
エミルさんの小っ恥ずかしくも胸の奥に届く舞台演技のような演説を聴き終えると同時に、転移までの猶予時間が終了したことをシステムが告げます。
「またねっ! ―――みんな元気で!」
そう、これは別れじゃない。MSOのみんながGFOに来るかもしれないし、私だって戻ろうと思えばMSOに戻れるんだから、いつかみんなにまた会えるはず。―――光に包まれて景色が高速で流れていくのを見ながら新天地に思いを馳せ、私ことラピス・ラズベリーと、アバターであるラピスの新たな世界での物語がこれから始まります。
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