【あらすじ動画あり】3話

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【あらすじ動画あり】3話

■忙しい方のためのあらすじ動画↓ https://youtube.com/shorts/uVqBID0eGdU 「直樹」 ハッとして振り返ると、すぐ目の前に浩美が立っていた。直樹はいつの間にか自分が、窓の前まで来ていたことに気がついた。 浩美は相手の腕を掴むと、その肩越しにカーテンを閉めた。 まるで森の気配を遮断するかのように。 「直(なお)、と呼んでいいんだよな? お前は確かに直樹――高谷の、弟の方なんだよな?」 浩美は直樹と向き合うと、相手の顔をじっと覗き込んだ。 「あ、あぁ─」 夢から覚めた直後のような気分で、直樹はこくりと頷いた。それを見た浩美は「そうか」と小さく呟き、再び話し始めた。 「俺、あの林道でお前を見た時、春(はる)さんが帰ってきたと思ったんだ。変な話だけど、十年前とまったく同じ姿なのも驚かなかった。あぁ、これが村の人達が言ってた『神隠し』なんだなぁって納得すらした」 生真面目な顔をして言う浩美に、直樹は呆れ顔を返した。 「はぁ、『神隠し』ね……村の人たちはまだそんなこと言ってるんだ。さっきも〝魔〟がどうとかって……」 ぶつくさ呟くと、強張っていた浩美の頬が少し緩んだ。 「ま、しょうがないだろう。ここは迷信深い老人が多いからな。でも正直俺は『神隠し』であろうとなかろうと、春さんが昔の姿のまま帰ってきても別に驚かないと思う。あの人って何かそうゆうところがあったじゃん? 超然としてるというか、周りとは少し違う空気を持ってるというか」 「浩美は……兄貴のことよく見てたんだな」 直樹は少し複雑な気持ちになり瞼を伏せた。その前で浩美は当然、とばかりに頷いている。 「まぁな。でもこの村の若い連中はみんなそうだったんじゃないか。なんせ春さんは村一番の美人だったから。みんながあの人を目で追ってた」 途端、直樹の体の力がぐったりと抜けた。 「あのな……言っとくけど俺の兄貴、男だぞ?」 「馬ぁ鹿。そんなの知ってるよ。でもこの村には女は女でも枯れた婆さんしかいないから、たとえ男だったとしても春さんみたいな容貌の人に目がいくのは当然だろう?」 「はぁ」直樹はげんなりしつつ尋ねた。「兄貴ってどんな顔だったっけ?」 「は? 何言ってんだ、お前? あの人のことを一番間近で見てたのはお前だろう? いっつも春さんの後ろばっかくっついていたくせに」 「だーかーら周りから見てだよ。俺は身内だからそうゆう容貌がどうとか、あんましっくりこなくて」 「あぁ、そうゆうことか。ってか今の自分の顔みれば一発だと思うけど……でも、まぁそうだな、しいていえば春さんはお前とは違って儚くて繊細そうで、それこそ春の霞みたいな?」 じーんと感に浸っている浩美を見て、直樹はおえっと舌を出した。 「きもっ。浩美って意外とロマンチストだったんだな」 その冷たい視線に相手は、ここぞとばかりにニヤついた。 「あれ? なんだ、お前。もしかして拗ねてるのか? 親友の俺までが春さんのファンで?」 「アホか。そんなことある訳ないだろう!」 「えぇ~ホントかなぁ」 ケケケと意地悪く笑っている男の肩を、直樹は思いきり叩いた。だが相手はそんなのおかまいなしに、うんうんと神妙そうに呟く。 「そうか、そうか。ごめんな。お前、寂しかったんだよな。俺に相手にしてもらえなくて。でも、ごめん。あん時のお前はまだ十二、三の鼻たれ小僧だったからさあ。穏和で大人っぽい春さんと比べるとまるで月とスッポン、蝶と毛虫みたいなもんで、つい」 「おい。そこまで言うか。……俺だって一応、子供の頃は天使みたいねってよく言われたし」 幼い子がするように口をとがらせた直樹に、浩美はフッと微笑んだ。 「まぁ、確かに見た目はそうだったかもしれないけど、中身は最悪だっただろう、お前。兄貴以外には始終ツンツンしててさ。近寄る奴がいたらすぐにでも喧嘩ふっかけるし。いくら多感なお年頃、キレる十代とはいえ、もうちょっと可愛げがあってもなぁ。そう思うと春さんも大変だったよな。こんな奴のお守なんてさ」 したり顔で言う浩美に、直樹は剣呑な視線を向けた。 「は? 何言ってんの? そんなガキとつるんで喧嘩してたのは、一体どこのどいつだよ」 「あれま? 誰のことだろう? 忘れちゃった。ま、どうせ過ぎたことだ。そんなに怒りなさんな。せっかくの春さん似のお顔が台無しですよ」 ふざけだした浩美にもう一発お見舞いしようとするが、素早く止められてしまった。浩美は先ほどと打って変わった年上ぶった態度で、直樹の頭をポンポンと撫でる。 「しかしお前、本当に直樹なんだなぁ。その短気なところとか、懐かしい」 過去を思い出すように浩美は目を細めた。 この村で浩美と直樹の二人は、気の合う遊び仲間であった。 年齢的には浩美の方が三つほど上であったが、子供が極端に少ない村だ。些細な年の差などは勘定に入らず、二人はいつも同世代のノリでつるんでいた。 浩美は温厚で慎重な春樹とは違って、少々の危険やバカな事でも迷わずやる大胆な男だった。 直樹にとって春樹が善いこと担当の教師ならば、浩美は明らかに悪いこと担当の教師であった。 しかしそのくせ浩美は周りに対しての神経がやけに細やかで、面倒見も異常なほど良かった。そのため彼は村の老人たちに対しても「くそじじい、くそばばあ」とふざけながら、色々と手助けをしては喜ばれていた。 直樹はそんな彼を何だかんだ言いながらも尊敬していたし、年長で、しかも都会住まいの彼は色々なことを率先して教えてくれる頼りがいのある〝兄貴分〟だった。 しかも彼はそのことを鼻にかける訳でもなく、あくまでも対等に接してくれていたため、直樹は彼の気遣いや助けをあとから気がつくことが多かった。 そんなふうにして浩美は直樹のことを、いつも引っ張り、外に連れ出してくれた。普段は兄にべったりだった直樹も、都内の家から浩美が来るとなると身内を離れ、彼と転げ回るようにして遊び耽っていた。 彼と一緒にいる日々は直樹にとって、娯楽のない村の中で唯一の刺激的な時間であった。 二人でなら、どんなところでも怖くはなかった。それがたとえ、近付くなと言われている森の中であったとしても。 「まさかそんな直樹がなぁ、こんな風になるなんて」 浩美がため息を一つ、ついた。直樹は相手をジロリと睨みつける。 「どうゆう意味だよそりゃ。俺がみんなの憧れの春樹と同じ顔になったのが、そんなに不服な訳?」 「別にそんなこと言ってないだろう? ただびっくりしたと言っただけだ。昔のお前らは、そんなに似てる感じしなかったから」 浩美の言葉に直樹は頷く。 「まぁ、年が五歳も離れてたから当然だろう。でも母さんが言うには、俺たち兄弟は年齢さえ一緒なら確実にそっくりだって言ってた。まるで俺が春樹の成長を追っかけてるみたいだって」 「ふうん」浩美は少し考えたあと言った。 「つまり春さんの時間を戻せばお前になって、お前の時間を進めれば春さんになるということか。それって春さんがお前の未来で、お前が春さんの過去みたいな? まぁそう言われれば、確かにそんな感じだな」 納得したように頷いた浩美を見ながら、直樹は母が続けて言っていた言葉を思い出した。 『春樹、直樹。あんたたち二人は双子のように半身とか言う訳じゃないけど、いわば一人の人間の頭とお尻みたいなものだから、いつも相手を自分のことのように思って助け合いなさいね』 冗談っぽく言った母の顔を思い浮かべて目を伏せる。 ――でもね、母さん。 兄貴をなくした俺は、一体どうやって生きていけばいいの?
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