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「――直樹?」
急に静かになった相手を訝しんだ浩美が声を掛けてきた。それに直樹はなんでもない、というように笑顔を向ける。
「ん? どうしたの、浩美?」
「……いや」
彼はもぞりと居心地悪そうにすると「ホラ、これ」と何かを差し出してきた。
直樹はそれを受け取る。掌の中で二つの鍵がチャラリとこすれ合った。たぶんコテージの鍵だろう。
「ありがとう。でもこれ、合鍵までくっついてない? 一つは浩美が持っておいた方が――」
片方の鍵を渡そうとすると、浩美がそれを拒んだ。
「いや、両方お前が持っていてくれ。それとわかってると思うけど、くれぐれも戸締りには気を付けろよ。誰が来ても簡単に開けるな。もちろん俺でもだ」
「へ? お前まで……? どうして?」
「どうしてもだ。でも、もし何かあった時はすぐに俺を呼べよ。絶対にだ。いいな?」
「え……あ、」
押し付けるような彼の口調に直樹はたじろいだ。
「でも、浩美。別にここはお前の家なんだから、勝手に来て入ってくれても構わないけど……」
「いや、それは――」
言いかけて浩美はハッと息を飲んだ。
「あぁ、そうか。お前は直樹の方だったんだよな。ごめん。そんな姿してるから、なんか紛らわしくて」
ばつが悪そうに浩美は、ポリポリと頭をかいた。直樹は無性に腹が立つ自分を感じた。
「そうだよ。俺は兄貴じゃない。勘違いされるこっちが迷惑だ」
強く言い放つと、突然浩美が長身をかがませ、こちらを見つめてきた。開放的な彼に似合わない、猜疑心にとんだ視線で。
「本当に……」彼は静かに言った。「本当にお前は直樹なんだよな?」
「ちょ、とあんま、近寄んな」
窓際に追い込まれ、浩美の長い両腕が逃げ道を塞ぐ。押しやろうとしても相手の体はびくとも動かない。三歳という年齢の差を今になって思い知らされる破目になった。
「浩美、どけ」
だが相手はまったく聞く耳を持たないばかりか、さらに詰め寄ってくる。そして直樹の肩を掴むと強く揺さぶった。
「いい加減、本当のことを言ってくれ。お前は本当に直樹の方なのか? とてもじゃないけど信じられない。今のお前は顔といい仕草といい、昔の春さんにそっくりだ。もしかしてお前――いや、貴方は春さんの方なんじゃないんですか?」
「……」
「答えて下さい。確かに貴方が春さんだとしたら、その容貌は幼い――というよりも、あまりにもあの頃と変わらなさすぎる……けど直の方だとしても、その顔は――」
「老け過ぎてるっていいたいの?」
挑発するような口調に浩美は躊躇ったのち、小さく頷いた。
「ええ。でも見た目というよりはその目が――」
「目?」
「そうです。貴方の目はここの老人たちと同じだ。長い時間に倦んで疲れているような……そんな目を春さんも時々していたから…」
浩美は相手の目の奥まで見通そうとして、さらに顔を近づけてきた。互いの息が至近距離で触れ合う。このままでは心臓の音まで相手に聞こえてしまいそうだ。
直樹は相手の体を押し返すと、フッと嘲るように微笑んだ。
「浩美は……どうやら直樹よりも春樹の方に帰ってきて欲しかったみたいだな。でも残念。俺は春樹じゃないよ。がっかりさせてごめんね?」
小さく首を傾げると、壁についた浩美の手首にそっと触れた。
途端、浩美は弾かれたように手を引いた。氷のような相手の手に驚いたからだ。
なんだこれ? まるで死んでる奴みたいに冷たい……
浩美はひるんでいる自分に気がつき、グッと姿勢を直すと小さく頭を下げた。
「……ごめん、直。俺、変なこと言ったみたいだ。今のは忘れてくれ。急にお前が帰ってくるもんだから、ちょっと混乱してて……それになんだかお前が昔とは違ってみえて……」
申し訳なさそうに謝る浩美に、直樹は力なく笑ってみせた。
「いや。いいよ、浩美。わかってるから。俺だって兄貴があんな消え方をしてから、随分混乱したんだ。俺たち兄弟はいつも一緒だったから俺は兄貴がいないことが信じられなくて、春の真似事ばかりしていた時期があった。そうすればいつでも春樹に会えると思って……たぶん俺が春樹に見えるのもそのせいかもしれない。あの頃はとにかく精神的に不安定で……」
喉を押さえて震える声を止める。すると、浩美の気遣わしそうな声が降ってきた。
「もしかして、村を引っ越したのもそのためか?」
こくりと直樹は頷いた。
「……そう、だね。あの日からふさぎがちになった俺を両親は外のカウンセリングに通わせるために引っ越しを決意した。で結局、そこに五年くらい通うことになったし…そのせいかな? 俺が二十前半にしては少ししょぼくれて見えるのも」
手をひらひらと振って笑うと、突然浩美が相手の肩にそっと手を置いた。
「直……もう、大丈夫なのか…?」
真摯な視線に、直樹はこくりと頭を下げる。
「うん、だいぶね。だからこそ俺はここにも来る気になったんだ。いい加減気持ちの整理をつけて新しくやり直さなくちゃいけないと思って。そうゆう訳だから俺はしばらく村にいて、色々と見て回ろうかと思ってる。ここであったことは嫌なことばかりじゃなかったって、確認したいんだ」
直樹の強い視線に、浩美は納得したように頷いた。
「そうか。なら俺が運転手買って出てやるよ。どうせ親父の方は森の開発事業のことで当分こっちにいるらしいし。俺なら抜け出してこれるからさ」
「浩美……」直樹は相手の肩を拳でトンと軽く小突いた。「さすがは『二世』だ。素晴らしくも堂々としたさぼり宣言」
にやりと口端を上げると、お返しとばかりに浩美も肩を打ってきた。
「その『二世』様のおかげで村に滞在できることを肝に銘じよ」
「あーはいはい。そうでした『二世』様。ホント、色々とありがとう」
「なんかバカにしてない?」
「いえ、とんでもない。滅相もございません。これで私の清き一票は貴方のものです」
「マジか。はからずもお前の大事なもんを手に入れてしまったぜ。俺も罪な男だな」
決め顔をつくった浩美は、いきなりぐしゃぐしゃと直樹の髪の毛をかき混ぜ始めた。それに抵抗しながら直樹は、可笑しさが胸からこみ上げ、声を上げて笑った。一緒になって浩美も笑う。
そうして二人はしばらくの間、冗談を言い合いながら笑った。
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9/1(日)
閲覧いただき、ありがとうございます。
『不惑の森』の動画ビュー増加数の方が多かったので、
今週はこちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品のあらすじ動画のビュー増加数に応じて、
週末に更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『不惑の森』(本作品:ミステリーBL)
https://youtube.com/shorts/uVqBID0eGdU
◆『ハッピー・ホーンテッド・マンション』(死神×人間BL)
https://youtube.com/shorts/GBWun-Q9xOs
また、「郁嵐(いくらん)」名義で
ブロマンス風のゆるい歴史ファンタジー小説も書いています。
新連載を始めましたので、気軽におこしくださいませ~
◆あらすじ動画
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI
※本編情報は概要欄にございます。
良い週をお過ごしください!
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