女装刑事(じょそうデカ)

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女装刑事(じょそうデカ)

木下の葬儀が終わったばかりだというのに、 早速、強盗殺人事件とは全くついていない。 事件は起こらない事に越した事はないが、 こうも事件続きだと、まともに休みすら取れやしない。 それでも全ての事件が解決に至っているのなら まだ気分も晴れるというものだが、 2度も桜井真緒子を取り逃した責任は、確かに泡沢にあるが、それを指揮した私も、当然、その責任は問われるだろう。 だが今は、警部の私が深夜に起きた強盗殺人の指揮を取らねばならない。 希度二郎(のぞみど じろう)は三面鏡の前でウィッグを取り外し、メイクを落としながらそう思った。 早朝から捜査会議を行うが、三田は連続絞殺事件にかかりきりだ。となればやはり、この事件を表で取り仕切るのは泡沢しかいないか。 希度警部はウェットティッシュでピンクのグロスを落とし始めた。鏡に写る宵闇の蝶々は、現時点でその羽を休めなければならない。徐々に剥き出しにされていく自分の顔に苦虫を噛み締めながら、希度警部は舌打ちをした。 「ったく、ぶさいくったらねーな」 加齢による目尻の皺や弛んだ頬、隠しきれない首周りの脂肪など、惨たらしいったらなかった。 仲間からは宵闇の蝶々ともてはやされてはいるが、現実に戻ればただのおじさんに過ぎなかった。 フリルのついたベージュのスカートを捲り上げガーターベルトを外した。下着も女性用Tバックを愛用しているが、どれもがスケスケで陰毛がはみ出している。剃らないのは恋人が素のままのジロミが好きと言ってくれるからだが、 せめて呼び名は本名の二郎にみを足しただけじゃなく、別な呼び名で呼んで欲しいものだ。 還暦も近くなっていたが、元来少食の為か、腹が出るような事もなく、スタイルは何とか維持出来ていた。背中に手を回しファスナーを下ろした。 今夜はお気に入りのドレスを着て皆んなで繁華街を闊歩する筈だったのに、事件のお陰で台無しだった。それをメールで告げると皆、残念がった。 「お仕事なら仕方ないわ」 恋人のマミ(本名佐々木正行 ささき まさゆき)に寂しそうに言われ、胸がキュンと痛んだが、必ず埋め合わせはするからと言ってはみたものの、一度だって埋め合わせは出来た事がなかった。 その度に刑事という職業を憎んだ。 イヤリングを外し、脱いだ衣装や下着を細かく畳、洋服タンスの中のスーツケースの中にしまった。それを立てて角へと押しやり、その前を大量の書類で隠し、表の顔である希度警部に戻って行った。Tバックが合わないのかやたらに股関節とお尻の割れ目が痒かった。机の引き出しからケラチナミンを取り出しそれを股関節と割れ目に塗り込んだ。 希度警部はトランクスを履きじじシャツを着た。ワイシャツとスーツに着替え三面鏡の前に立った。この三面鏡は結婚当初、妻の祖母から譲り受けたの物だったが、一軒家を購入時、捨てる筈の三面鏡を希度が譲り受けた。 「頂いた物を簡単に捨てるんじゃない。それはその人の真心まで捨てるのと同じ事だぞ?」 そのように妻を諭した私ではあったが、本音は違っていた。女装する時にはもってこいだったからだ。 希度が女装にハマったのは警部に昇進した頃からだった。あの時から10年以上経つが、当時、昇進祝いだと部下の山田に連れて行かれたオネエのお店に入ったのが、そもそもの始まりだった。 筋骨隆々のオネエ達にしこたま呑ませられ挙げ句、山田が調子に乗ってオネエ達をそそのかし余った衣装に着替えさせられ、よってたかって化粧までされたのだ。だが酔っ払っていたとはいえ、自分で女装した自分の顔を鏡を見た時、純粋に綺麗だと思った。泡沢ではないが勃起までした程だ。それから、徐々に女装にハマって行った。私がハマり出す間、山田は売春を斡旋され12歳の少女をホテルに連れ込みレイプまがいの行為を行い、それが元締めにバレ、現金を要求されたが、山田は無視し続けた。その態度が気に食わなかったのだろう。12歳の少女との淫行をマスコミにバラされ懲戒解雇となった。後になってわかった事だが、2人が入ったラブホテルの室内は隠し撮りかわされていたようだった。 希度警部は書斎を出た。妻と一人娘はまだ夢の中に違いない。希度はリビングへ生き、妻への置き手紙を書いて家を出た。 自ら車を運転し署へと急いだ。 署につくとそこには三田の姿があった。やたらと目を擦りあくびを繰り返していた。仮眠から今、起きて来たようだ。三田班の数名は連続絞殺魔事件解決の為に泊まり込んでいる。 少ない人員で奮闘している姿に、申し訳ない気持ちになった。 「お疲れさん」 「警部、こんや夜中にどうしたんですか?」 「お前はまだ知らないか」 「事件ですか」 「あぁ。強盗殺人だってよ」 「自分、現場に行きますよ」 「ここ最近、ろくに寝てないだろう?こっちはいいから、お前は休んでろ」 「すいません」 三田はいい、再びあくびをした。 「夜中に起きていたって事件は解決しないぞ。それよりも、しっかり睡眠を取って心身をスッキリさせて事件に取り組まないと、解決出来るものも出来なくなるからな」 「わかりました。ありがとうございます」 三田はいい、頭を下げ仮眠室へと向かった。 「さて、と」 自分のデスクに座ると同時に恋人のマミから電話がかかって来た。希度は周囲に誰もいない事を確認し、電話に出た。 「あらぁ。マミちゃん、今夜会えなくてごめんなさいねぇ。ジロミ悲しみよん❤️」 希度が甘ったるい声で返事を返すとマミは喜んだ。 「さっきねぇ。大学生の集団が、私の事、ブスだブスだって指差してからかって来たの。マミ、めちゃくちゃ傷ついたから、お仕事だってわかってたのに、ジロミちゃんの声が聞きたくて、電話しちゃった。❤️」 「マミちゃんは世界一綺麗だよん。けどその大学生、許せないわね。ジロミがとっちめてやりたいわ」 希度警部が言うと同時に、再び三田が部署内へと現れた。慌てた希度はスマホを机の上に伏せて置いた 「ど、どうした?」 「スマホ忘れまして……」 「そうか」 「はい。警部、本当、自分は行かなくていいんですか?」 「構わんよ。それにお前が抱えてるヤマは長引きそうだしな」 「自分もそう思います。いかんせん、ホシは用意周到というか、手掛かりすら得られませんから」 「DNAは?」 三田は首を振った。 「ガイシャの物しか採取出来ませんでした」 「こっちが片付いたら、泡沢を行かせる」 「あーそうですね。何も出ないかもですが、あいつの能力を試してみるのもありですね」 「わかった。ならそのつもりでいてくれ」 三田は警部に頭を下げて部署から出て行った。その姿を目で追った希度は数秒経ってからスマホを持ち上げた。 「ごめんごめんごめんマミちゃんごめんねぇ」 希度警部は人が変わったように甘ったるい声で、マミを待たせた事を謝った。 その時、三田は部署から少し離れた壁にもたれ、警部の声を聞いていた。 「警部も色々あったんだろうな」 そう呟き、仮眠室へと向かって行った。 聞かれた事すら知らない警部はその後10分ばかし話した後で電話を切ると同時に強盗殺人事件の知らせを受けた刑事が入って来た。 あ、あ、あぶねー!。希度二郎警部ことジロミちゃんは、 危機を回避出来た事に心底、安堵した。 了
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