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日常
「あ、当たりだ」
食べ終わったばかりのアイスの棒を見ながら、そこに印刷されていた小さな文字をそのまま読み上げる。
当たり付きなことを知らずに購入したコンビニのアイスだったけど、こういう幸運は素直に嬉しい。
美味しかったし、近いうちに交換しに行こう。そんなことを思いながらソファから立ち上がり、キッチンのシンクでアイスの棒を綺麗にした。
二十三歳。会社近くのマンションで現在一人暮らし中。
頭が良いわけでも凄く仕事ができるわけでもないけれど、それなりに良い生活を送れているのはこういうことの積み重ねがあるからだと思う。
容姿も能力も平凡だと思うけど、私は昔から運だけは良いのだ。
くじや福引は何かしら上位の賞を引くし、行きたいと思ったライブや舞台の抽選に外れたことは一度もない。
今住んでいるこのマンションも、社員寮が埋まっているからという理由で会社が借りたマンションだ。一人暮らしには広めのこの部屋が身の丈に合っていないと知りつつも、ありがたく格安で住まわせてもらっている。
まあ、運がいいと言ってもその程度のことだ。
人生が変わるような大きな何かを引き寄せるわけではないし、私がどこにでもいるような普通の社会人であることに変わりはない。
仕事で失敗して苦い経験をすることだって当然あるし、やるべき事は自分で考えて必死にやっているつもりだ。
そんな中で友達と遊んだり趣味に時間を費やして楽しんだりという、平凡ながらも幸せな人生を送っている。
部屋で使っている家電の半分が抽選で当たったものだったり、倍率が高くてなかなかチケットの取れない公演にもほぼ確定で行けるだけで、それ以外は普通の生活だ。
──なんて、そんな事を呑気に考えていられたのが、遠い昔のことのように思えてきた。
小さな幸運の積み重ねは、この不幸の前借りだったんじゃないだろうか。
無理矢理乗せられた後部座席で縮こまりながら、握った手の平に汗を滲ませてそんな事を思う。
隣に座っているのは数分前に初めて顔を合わせた人で、知り合いでもなんでもない。
私が知っている言葉の中から現状を表す単語を引き出すなら、これは「拉致」か「誘拐」だ。
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