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「あー……割っちゃった? 破片危ないね。怪我してない?」
「あ、ご……ごめんなさ……」
「別にいいよ。君が壊したんだから、ちゃんと弁償してくれると思うし。ちょうどサインしてもらったところだもんね?」
「へ……?」
「君が今割ったその花器ね、二千万くらいするの」
「え……に、にせん……?」
「うん。つい先日購入したばっかりの、鑑定書付きの骨董品。君が粉々にしちゃったね?」
「は……?」
今、なにが起きているのか。あまりにも急な展開で、まだちゃんと理解ができていない。
ただ私の隣に立つ男が、楽しそうに目を細めながら内ポケットからカードケースを取り出した。
「ああ、少し遅くなっちゃったけど俺も自己紹介しておくね。どうぞ」
手渡された名刺には「黒咲昌(くろさきあきら)」という名前と、彼の肩書が記されていた。
少しずつ状況を理解しだした脳が、カンカンと危険信号を送っている。今更危険を感じたところで、もう色々と手遅れな気がするけれど。
「金融業がメインだけど副業として色々やってるし、取り引きしてるところも多いから力になれると思うよ」
「あ……え……?」
「すぐに支払いは難しいと思うから貸してあげる。今のお仕事だけじゃ利息の方が高くなっちゃうと思うし、割のいいお仕事も紹介するよ。返済頑張ろうね?」
薄く笑いながら言われた言葉の意味を、理解したくないと脳が拒む。
だって、本当に意味が分からない。
つい数時間前までは、こういう世界とは無縁の場所にいたはずなのだ。普通に毎日が幸せで楽しくて満足していて、大きな不安や心配なんて何もなかった。
私は一体、何に巻き込まれているのだろう。
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