弁償

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 このまま車で移動して、ベッドがあるお部屋に連れていかれるのかと思うと泣きそうになる。  隣に座る黒咲さんはがっちりと私の手首を押さえつけたままで、これを振り払って逃げる方法なんて全く思い付かなかった。  連れて行かれた場所で、いきなり仕事開始になるのだろうか。右も左も分からないのに何をすればいいんだろう。  何もしたくない。嫌だ。怖い。 「……は、働かせるなら、就業の契約書? とか、給与形態の説明とか色々……なにか、必要だと思うんです、けど……」 「うん、そうだね。お部屋に入ってからちゃんと説明してあげる」 「い、今話せば別に……」 「どうせ逃げようがないんだし、話すタイミングは俺の好きな時でいいよね? 悪いようにはしないから、今は大人しくしててくれる?」  ぐっと顔を近付けられ、至近距離で落とされた言葉に心臓が止まりそうになった。  言葉遣いは優しいのに、逆らったら駄目だと思わせるような見えない迫力が凄い。  こんなの、もう何も言えなくなってしまう。  細く息を吐きながら、身を縮こまらせて下を向く。視界に入る自分の指先は小さく震えていた。  本当に、これからどうなるんだろう。  自分の意思で名前を書いたとはいえ、あんな紙切れ一枚にどのくらい法的な効果があるのだろうか。普通に考えたら、あんなもので人を命令通りに動かそうとするの、何かしらの法に引っかかると思うけど。  ──なんて、私の甘い考えは、こういう世界では通用しないのかもしれない。  何か違法なやり方だとしても、この場から逃げる手段がないことに変わりはないのだ。どう考えても詰んでいる。
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