契約

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契約

 ギラギラしたホテル街に入った車は、そのうちの一軒であるホテルの地下駐車場に停車した。  黒咲さんに手を引かれて車から降ろされると、運転手は黒咲さんに向かって一礼したあと来た道を帰っていく。  持っていた荷物は全てあの談話室に残したままで、携帯も財布もない状態でどうやって帰ればいいのかも分からない。  逃げる方法も助けを呼ぶ手段も、ここがどこなのかということも、私はなに一つ調べることができないのだ。 「じゃあ行こうか。こっちおいで」  エスコートでもするかのように肩を掴まれるが、これから向かう場所がパーティー会場ではないことくらい分かってる。  悪い想像しかできないのに、行き場のない私の足は、黒咲さんについていくことしかできなかった。  狭いエレベーターで最上階まで上がり、腕を引かれるがままにホテルの一室に足を踏み入れる。  壁紙から家具まで、ほとんどが黒とシルバーで統一されたギラギラした空間。そういう行為をするために用意された大きなベッドと、ビジネスホテルには置いてないベッドサイドの蓋付きの小物入れ。  今はもうなに一つ視界に入れたくない。慣れない空間に眩暈がする。 「研修する相手は選ばせてあげようか? 俺に直接教えてもらうか、ソープの店長してる四十九歳のハゲ。どっちにする? どっちを選んでも実技研修だけど」  選択肢が最低過ぎて、その両方を想像して泣きそうになった。  本当に無理だ。選びたくない。 「選べないなら俺にしようか? わざわざ呼び出すのも面倒だし」 「……っ」 「不満そうな顔するね。大丈夫だよ、気持ち良いことしかしないから」  不満な顔をして当然だ。私はこうなった元凶に触って欲しいと思うような変態じゃないし、たとえ気持ち良かったとしても嫌なものは嫌に決まっている。  だからといって、一回り以上歳が違う男の人を選ぶ勇気もなくて、ここで押し黙ることでしか自分の気持ちを表せない。
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