プルトの大鎌

1/5
前へ
/5ページ
次へ

プルトの大鎌

昨日、シレネが獄中で死んだとニュースが流れた。 巨大で邪悪な大鎌とまるで道化のような派手な格好が特徴のヴィラン、シレネ。 シレネはその凶悪な行いで名のしれたヴィランである。 特に有名なヒーローを殺すことに執着し、犠牲になったヒーローは数えることすらできない。 ニュースが流れるテレビ画面から 「これで安心して過ごせますね」 とか 「二度とこのような悪を生まないように」 聞こえてくる。 その真剣な話を聞きながら、普通の女の子の鈴香は朝ごはんを食べていた。 「鈴香、そんなにゆっくり食べていたら遅刻するよ」 「わかってるよ」 母親に急かされながらも鈴香はのんびりしたまま。 のんびりと朝ごはんの鮭をご飯にのせ、よく噛みながら食べる。 卵焼きと残ったご飯も、あとは海苔も食べてお茶を飲む。 鈴香がそんなことをしている間も、ニュース画面はくどくど語る。 けれどヒーローなんか才能のある一部の人間しかなれないのだからただの女の子の鈴香には全く縁のないこと。 鈴香はそれを適当に聞き流して洗面に向かった。 それからいつものように歯ブラシをシャカシャカ動かしせっせと歯を磨く。 その時ふと口の中に見慣れないあざだろうか、模様のようなものが見えた。 その模様のようなものは確かに昨日の朝にはなかったものだ。 (口内炎だろうか?) 痛みもなく、凹凸もないそれはなんとなく花のような形をしている。 口の端を引っ張ってしばらくそれを眺めて、それでもよくわからない。 わからないので鈴香はそれを放っておき、とりあえず洗面所を出た。 あとは鞄を持って学校へと出かけるだけだ。 もうその頃には、鈴香はシレネとかヒーローとかヴィランのことなんてもちろん忘れている。 時間に余裕を持って玄関を出ると家の目の前の畑には、ヒーローたちの戦いでできた大きなクレーターが残っている。 この畑は所有者が偶然戦いに巻き込まれたせいで長く入院しているので未だ修復がされていないのだ。 道路まではみ出して広がるひび割れを少しだけ気にして鈴香は通学路を歩く。 町中の風景のほとんどはすぐに修復されるにしても、戦いの痕跡は全て隠しきれるものでもない。 建物の塗装剥げ、ひび割れ、標識の落下、道の真ん中にさえ小さな瓦礫。 片付けても片付けてもヒーローとかヴィランの戦いが普通の暮らしに侵食する。 そんな町中の様子さえ気に留めず、鈴香は学校への道を歩くだけだ。 他の住民も鈴香と同じように仕事に行ったり、買い物に出かけたりして朝の日常を過ごす。 不平不満は誰の口からも漏れない。 選ばれた力のない人間には、他に選択肢などないからである。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加