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「えっ、校則違反とかしてしまいましたか?……心当たりがないのですが」
「いや、校則違反ではなくてだね。率直に言うと、君は選ばれたんだよ」
「何にですか?」
怪訝そうに校長の顔色を伺う鈴香。
対して校長はなぜか少し嬉しそうなだ。
「隠すことはない、君はヒーローの素質を持っているらしいと聞いたよ」
「ええ?ヒーロー?私がですか?」
あまりに突然の予想しない校長の言葉に驚きを隠せない鈴香。
「我が校からヒーロー資格保持者が出るなんて、大変名誉なことだよ」
呆気にとられる鈴香を無視して、担任と校長は笑っていた。
つられて鈴香も愛想笑いをする。
ヒーローになれることが立派であること、栄誉であること。
そんなことは鈴香にもはっきり頭で理解はできた。
けれども自分のこととして実感するのはあまりに無理なことだった。
現実離れした紛れもない現実を目の前にしてそれから鈴香は担任たちと転校の話をした。
その後は図書室で時間を潰すように言われる。
誰もいない煤けた図書館の端っこの席で鈴香はとびきりのファンタジーの本を読んだ。
人気の高いその本は分厚く、シリーズものだから何冊もある。
もちろん読み切れるはずもないことは鈴香自身にもわかっていた。
一冊目の一ページからめくって、しばらく読んで棚にしまって二冊目を読む。
鈴香はこの本を読むのは自分の人生でこれが最後だと直感的に理解していた。
それから鈴香の学校に呼ばれた両親が図書室に迎えに来た。
「鈴香は、本当にヒーローにならなきゃいけないのですか?」
図書室で担任と、両親と鈴香は三人で話し合う。
図書室の隣の席に座る両親の横顔を鈴香は黙って眺める。
両親はともに困惑していたが、考えてみればそれは当たり前のことだ。
鈴香の両親はともに普通暮らしをしてきた普通の人間である。
それでもなるべく鈴香を驚かせないように転校の話し合いをする両親。
それが済んだら昼時だったので両親は鈴香を車に乗せて近所のレストランに連れて行った。
「鈴香はヒーローになる資格があるなんてすごいじゃないか」
車の後部座席に乗せた鈴香に声をかける父。
後部座席の隣に座る母は何気なく
「ヒーローってほんとに死んだりしないよね?」
と声をかけた。
鈴香がそれにどう返せばいいか戸惑っていると、母親は
「なんでもないよ。そうだよね。鈴香にもわかんないよね」
と慌てて先程の言葉を取り消した。
ただ短い距離を走る車、固い運転のままレストランの駐車場。
平日昼間のささやかな賑わいのレストランで鈴香はケチャップのオムライスを食べた。
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