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「行ってらっしゃい、鈴香」
家の前にとまる一台の大きなバスに自分のキャリーケースが積み込まれるのを鈴香はただ眺めている。
それとは別に手持ち鞄には転校の書類と、あとはスマホやら財布やら。
「夏休みとか、長い休みは帰ってくれるらしいから。母さんと父さんは家で待ってるからね」
荷物を積み込んでくれたバスの運転手に礼を言って、バスに乗り込む鈴香。
両親はずっと鈴香に手を振っている。
その様子を鈴香は自分以外誰も乗っていないバスの中からまるで他人事のように眺めた。
バスに乗った鈴香は一人きりで誰からも何の指示もない。
昨日の晩、鈴香が両親に聞いた話によるとどうやらヒーローを育てる学校というものに転校することになったらしい。
そもそもヒーローを育成する学校なんてものがあることすら、鈴香にとっては嘘みたいな話だ。
そもそもヒーローがどのようにしてヒーローになるかなんて普通の暮らしをしていたら別に気になることでもない。
ヒーローは生まれたころからヒーローでそもそも今まで鈴香はヒーローとはそういう生き物なのだと適当に考えていただけだった。
とりあえず両親の姿がよく見えるように家側の窓際に腰掛けると、手を振る両親をじっと見つめる。
それから手を振り返すと、両親は少し嬉しそうにした。
「どうか、元気で帰ってきてね」
「怪我しないように気をつけてね」
窓越しに心配する声が聞こえる。
「わかってる。できるだけ頑張ってくるよ」
と両親に向かって声をかけてみるも、窓越しの両親はずっと手を振ったまま。
聞こえているのか、聞こえていないのかはわからなかった。
そのうちバスの運転席から鈴香に声がかけられる。
「お嬢ちゃん、すまないがそろそろ出発するからね」
「ええ、すみません。もう大丈夫です」
両親に軽く手を振り返しているとバスは地面をミシミシ踏みしめて出発する。
窓から見える両親は小さくなってゆく。
それでもまだ小走りで追いかけてきて手を振っているから鈴香も手を振り返した。
「いいご両親だね」
運転手は前を見て運転をしながら鈴香に声を掛ける。
「両親のことは信頼しています」
バスの窓からはもう鈴香の両親は見えない。
見えないけれど鈴香は家の方角を熱心に見つめている。
「そうか、お嬢ちゃんは幸せやな。ヒーロー学校に通う子にしてはなかなか珍しいのと違うか?」
「珍しい……ですかね?」
「まぁ、おっちゃんが送り迎えする子のほとんどはこんな風ではないのは事実やね」
鈴香はその言葉の意味がよくわからなくてバスの運転手の方を見た。
運転手は無表情のような少し疲れているようなそんな雰囲気で、それから話が続くこともなかった。
無言のままいくつか角を曲がり、信号を過ぎ、バスは30分ほど走り続けた。
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