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「着いたで、お嬢ちゃん」
エンジンがとまり、バスが完全に停車する。
運転手の呼びかけで鈴香は席を立った。
開いたバスから降りると目の前には前の学校とは比べ物にならないほど立派な校舎がそびえる。
運転手はバスを降りた鈴香に荷物を手渡してくれた。
「ここがお嬢ちゃんの通う学校や。頑張れそうか?」
鈴香は何となく運転手の顔を見た。
運転手はなぜか心配そうな顔をしている。
「わからないけど……頑張ろうとは思ってます」
鈴香は不安な気持ちを堪えて返事をする。
「そうか」
それから運転手はバスに戻っていった。
再びエンジンをかけて、運転手は最後に運転席の窓から何かキーホルダーのようなものを鈴香に投げてよこす。
「それ、やる。もし、もし万が一どうしても耐えられないことがあったらおっちゃんが助けてるから。たから絶対、助けてって言うんやで」
鈴香の返事を待たずそれだけ言ってバスを出す運転手。
鈴香が受け取った手の中のそれをよく見れば、それはキーホルダーのような可愛らしい鈴のついたお守りであった。
(なんだったんだろう)
バスの運転手に貰ったお守りを手持ちバッグにつけ、鈴香はすぐそこに見えている校舎の昇降口を目指して歩く。
アスファルトの地面をキャリーケースが転がる。
僅かな段差の振動が手のひらに伝わる。
昇降口のガラスドアの前にたどり着くと、中の廊下から誰かがこちらに歩いてきた。
その人物は鈴香のことを見つけると、ドアを豪快に開け、息つく間もなく元気に話しかけてくる。
「あぁ、君が転入生か。僕は案内を頼まれた副寮長なんだが、今から玄関に向かおうとしてたのにこっちの入口から来てくれたんだ」
「はぁ、すみません。すぐそこでバスを降ろしてもらったので」
出会ったばかりの鈴香に勢いよく話しかける眼鏡をかけた背の高い男。
「ま、君とは話したいこともいろいろあるけどとりあえず仕事が先か。悪いけど案内しないといけないからついてきてくれるかな」
「はぁ……」
そう言うやいなや、さっさとそっぽを向きどこかへ歩きはじめる男。
鈴香はその男に置いていかれないよう急いで後を追いかける。
ツルツルと滑らかな淡い緑色の廊下を転がるキャリケースのキャスターは先程の地面とは違って静かだ。
男は早足で歩きながらも、相変わらずの元気に鈴香に話しかけ続けている。
「は?バス?君もバスで来たの?家の人の自家用車とかじゃなくて?」
「え?迎えのバスが来ましたけど、学園のバスではないんですか?」
「学園がバス出してるの?個人宅まで?他にも同じこと言ってるやついたけど、最近できたのかな?そんなもの俺の時は無かったけどな」
「?」
イマイチ噛み合うような、噛み合わないような会話をして廊下を歩く二人。
しばらくして前を歩く眼鏡の男が足を止めた。
それを見て鈴香も立ち止まる。
そこは、豪華な作りをした両開きの大きな木製ドアの目の前。
重厚に装飾された金属のドアノブに手をかけ、男はその扉を開く。
「さぁ、どうぞ。ここが校長室や。校長先生が君のことを待ってる」
電気がついているとはいえそれでもなんとなく薄暗い廊下に部屋の中から光が差している。
部屋に入る前に鈴香は外から中の様子を伺おうとしたが、部屋の中から聞こえてくる音があまりに静かすぎて何もわからなかった。
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