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「……僕は……」
認めたくなかった。自分の心の弱さを、どうしても認めたくなかった。
大切な人の幸せを願うこともできず、かといって、欲望に忠実に生きることもできない中途半端な自分。
エリスのためには宮を出ていくべきだとわかっているのに、決断できない自分が心底情けない。
――だが不意に、そんなシオンの中にとある疑問が沸いてくる。
それがどうしても気になったシオンは、おずおずと口を開いた。
「あの……セドリック殿、一つ、お尋ねしてもいいですか?」
「? ええ、どうぞ?」
セドリックは一瞬驚いた顔をしたが、答える姿勢を見せてくれる。
シオンはそんなセドリックに、『この人は、根っこのところでは善人なのだな』と思いつつ、問いかけた。
「どうしてセドリック殿は、ここにお住まいではないのですか? 先ほどの話からすると、あなたは爵位をお持ちでない。つまり、比較的自由の効く身のはず。それでいて殿下の側近ならば、小姓と同じく、この宮に住まうこともできるのでは? それなのに、どうしてそうなさらないのですか?」
「――!」
「教えてください、セドリック殿。僕なら、大切な人の側には少しでも長くいたいと考える。でもあなたはそうしない。それは、いったいどうしてなのです?」
すると、セドリックは何かを考えるように目を細める。
「……そうですね。理由は色々とありますが……」
そして、もの悲し気に微笑むと、静かな声でこう言った。
「殿下はあれから十年以上が経った今も、私に負い目を感じていらっしゃる。そんな私が昼も夜も共にいたら、殿下の心が休まらないでしょう? まあ、それは恐らく、エリス様も同じだと思いますが」――と。
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