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思えばこの十年、エリスは手紙の中でさえ、一度だって弱さを見せてくれたことはなかった。
シオンがどれだけ『姉さんは大丈夫なの?』と尋ねても、エリスは『ええ、こっちは上手くやってるわ。だから何も心配しないで』と強がるばかりだったのだから。
それなのにどうしてシオンが祖国でのエリスの惨状を知っていたのかと言えば、それは当然、祖国の屋敷の使用人を給金の三倍の金額で買収し、定期報告させていたからなのだが――とにかく、エリスはシオンの前ではどこまでも良き姉だった。
自分の苦労はひた隠しにし、祖国を追い出された可哀そうな弟を気遣い、励ます、心優しい姉。
実際、何も知らなかった幼い頃のシオンは、そんなエリスの温かい言葉に、どれだけ救われたかわからない。
だが、ある程度年齢を重ね、全てを知ってしまったときから、エリスの振る舞いは憐憫を誘うものでしかなくなった。
酒癖の悪い父親と、礼儀知らずの継母、そして、腹違いの妹クリスティーナに虐げられる毎日。
食事を抜かれ、屋敷からは出してもらえず、折檻を受けることも日常茶飯事。
更に、継母とクリスティーナは使用人にも辛く当たるので、人を採ってもすぐに辞めてしまう。
メイドも従僕もコックも次々と減っていき、ついにエリス自らが使用人の仕事をせねばならなくなるほどだった。
シオンは、そんなことばかりがびっしり書き綴られた報告書を読むたびに、胸が苦しくてたまらなくなった。
どうして姉は僕を頼ってくれないのか。愚痴の一つくらい言ってくれてもいいじゃないか――そう苛立ちを募らせるほどに。
だが終ぞエリスは、ユリウスから婚約を破棄されたことも、帝国に嫁ぐことさえ教えてはくれなかった。
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