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ちゃんと言っておく、山梨といえば樹海というわけではない。
それに樹海にしたって、オカルトやら自殺の名所としても有名だが、森林浴としてのリフレッシュ効果があるし、正規のツアーだってある。
舗装されている道から正確にルートを辿れば、危険なく楽しめる観光地だ。
だけど、俺は過去に、死に場所を探すために調べ尽くしたことがある。
だからそれにしか頭がいかなかったのだ。
「それからね、浅野さんの部屋は綺麗に片付き過ぎていた。
整理整頓じゃなくて、身辺整理のようにみえたんです」
「そうですか......落合さんが部屋に来て、バスルームに入ったあのとき、
僕はPCのデータ消去の作業をしていました。
死んだあとに見られたら恥ずかしいものを。
あっ、そんなにエロものばっかりじゃなくてね」
「ははは、わかりますよ、俺もやったから」
俺はようやく気がゆるんで少し笑った。浅野さんも少しだけ笑ってくれた。
「ねえ、浅野さん、ちょっと毒気が取れた気がしませんか?
こういうのって、気が削がれるとやり損ねるもんですよね」
それもまた俺の体験だった。
「それはまあ、そうですけど。でも、結局は帰れる方法なんてないですよ?」
「ですよね......」
俺はスマホを持たずに来てしまったし、浅野さんも当然、持っていない。
いや、スマホがあったとしても抜け出すにはかなり困難だ。
整備された歩道を外れて奥へと入り込めば、周囲は似たような木々ばかりで
方角は完全にわからなくなる。
しかもこれから深夜にかけて気温が下がるばかりだ。
どうしようかと思案したそのとき......。
俺の頭にふわりと、何かが当たった。
白々とした道
あまりにもやさしく...そっと触れてきたモノを確かめるために後ろを振り向いてみると...
長くて白いモノが降ってきた直後だった。
「マフラー...!?」
懐中電灯の頼りない明かりだけの暗闇の山中に真っ白なマフラーが敷かれ、ずっと先まで続いている。
ポロロさん...そうか、そういうことだったのか...
あなたは、樹海に行って死にたい浅野さんを止められなくて仕方なく行くだけ行かせて、そして...
そして...帰り道をつくるために、これを編んでいたんだね。
あんなに、あんなに、必死に...。
俺の頬に、涙が静かに線を引いた。
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