帰還者コージ

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浅野さんの住む部屋はワンルームの狭い間取りだが、ユニットバスでは なくて、バスルーム自体もけっこう広い。 その広い空間が...白い毛糸で編まれたものに、埋め尽くされていた。 しかも、ポロロは後ろ足を器用に折り曲げた体勢で正座していて前足で カギ編み棒を持って、さらに編み続けている。 「これは......どういうことでございましょうか?」 俺は床一面に広がるそれを踏まないように気をつけながら、タイルの壁に 背をもたれて、どうにか質問してみた。 「マフラーよ、ながーいマフラーを編んでいるのよ」 手を止めることなくポロロが答えてくれた。 真っ白な毛並みで、瞳が青色と金色の美しいオッドアイだった。 「これが、一本のマフラー......?」 先がどこなのか確かめようもないほどに、それは山になって天井にまで 届いている。 「こんなに編むって、ひとりで?大変な労力ですね。 でも、なんのために?」 「コージを助けたいから」 「こーじ?あぁ、浅野浩二さん、あなたのご主人ですね」 俺は彼女の底知れぬ迫力に押されて敬語になってしまった。 でも、正座して、まるっこい前足の先でマフラーを編んでいる姿は。 正直、萌えな可愛らしさがある。 「ご主人っていうか、あたしが守護神みたいなもんかしらね。 あたしね、猫に化けた妖怪なのよ。彼のそばにいるには、 ペットになるのが手っ取り早いっておもったのよね」 「はぁ、そういうことですか」 とはいえ、結局は謎だらけだ。 「で、なんで俺を呼んだんですか?どこかでお会いしましたっけ?」 「あんた、人生に失敗してるでしょ、何度も」 「は?はぁ、はい、かなり......」 「だからよ」 「いやいやいや、それだけじゃわかんねぇっすよ」 「まっ、あんたを呼んだのは、いろんな条件が重なってたからよ」 目にも留まらぬ速さ......そのもので、手の残像がみえるほどに。 ポロロさんのマフラーを編むスピードが上がってきた。
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