帰還者コージ

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「落合くん、あんたにこのマフラーを見せたかったのよ。 今日は、ありがとね。ちゃんと来てくれて。 それと明日の夜にまた声をかけたいんだけど、お願いできるかしら?」 「わわわわ、わか、わかり、ましたっ」 もはやポロロさんはマフラーの渦のなかに紛れ込んで姿がみえない。 俺もマフラーに押されて息苦しくなったので、どうにかドアを開けて 外へ出た。 「あれ?もういいんですか?」 テーブルに着いてPCで何か作業をしていた浅野さんが、のほほんとした 顔で振り返ってきた。 「は、はい。あの、俺、どのくらいバスルームのなかにいました?」 「ほんの2、3分くらいですよ」 「そうですか。ちなみに、俺が入ってるとき、なにか聞こえました?」 「いいえ、なんにも」 なるほど、時間と空間を操作する......か。 俺は念のため、もう一度バスルームを開けてみた。 もちろんマフラーなんてない普通の空間に戻っていて、ポロロさんが 足早に出てきた。 「ポロロ、落合さんに会えて満足できた?」 浅野さんがやさしげな目をしてポロロさんを抱き上げた。 「落合さん、こんな依頼に付き合わせてしまって......すみませんでした」 ポロロさんを抱いたまま、浅野さんが頭を下げてきた。 「いえいえ、まあ、あれですね、旅行に無事に行けるといいですね」 「はい、必ずいってきます」 浅野さんがほがらかに笑った。 「あ、そういえば、旅行ってどこに行くんですか?」 「山梨です」 「山梨?」 「はい」 「山梨に、日帰り旅行......」 そのとき、ポロロさんが浅野さんの腕からするりと降りた。 「ポロロ、君のことは林(はやし)くんに頼んであるからね」 定位置らしきクッションの上に寝そべったポロロへと、浅野さんが 声をかけた。 「林さん?」 「ポロロを預かってくれる友人です。今夜には連れていきます」 「なるほど。ところで話しは変わりますが」 「はい?」 「綺麗に整理された部屋ですね」 「あぁ、はい、片付けは得意ですから」 俺は、ある違和感を抱いていたが......それは口に出さないままでいた。
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