帰還者コージ

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浅野さんのアパートから帰宅して、コーヒーを相棒に俺は考え続けた。 そして眠れなくなった。 そのまま午前中に事務的な雑用を片付けて、午後になって居間のソファーへ 倒れこんだ。 探偵事務所は住まいも兼ねているので、居間の奥が生活範囲になっている。 だが自室でゆっくりと寝る気にはなれなかったのだ。 今日も明日も仕事の依頼は入っていない。 俺の時間が空いていることも、ポロロさんに呼ばれた理由なのかもしれない。 そして、そして俺が......。 そのあたりで精神的疲労で意識が薄らぎ、寝落ちしてしまった。 「あんた、馬鹿じゃなかったのね、あたしの見込んだとおりだわ」 「おわぁっ!!」 ポロロさんの声で俺はソファーから飛び起きた。目の前に、二足歩行の姿で 立ち尽くすポロロさんが前足で腕組みしていた。 俺は慌てて居間の壁に飾られている時計をみた。16時を過ぎていた。 「ポロロさん...浅野さんが自殺するつもりだってこと......。 どうして最初に会ったときに言ってくれなかったんですか!?」 そうだ、俺にはそれがわかった。 だから彼の身を心配してまともに寝れなかったのだ。 それでも、ポロロさんが夜にまた声をかけると言ってきたからには、それを 待つしかなかった。 「やっぱりね、言わなくてもあんたは見抜いたのね。 だって、どんなに止めても無駄だったのよ、 そしたらもう行かせるしかなかったのよ。 行かせた上で助けるしかないって......」 「止めた?」 「コージは落合くんに言ったでしょ。 『飼い猫が旅行に行かないでって夢で言ってくる』って。 じっさいには少し違うのよ。あたしはね 『死出の旅になんて出ないで、絶対に逝かないで』って......。 ずっと夢に出て懇願してたのよ」 「そんな、それなのに......」 「彼は夢の中で泣いて、目を覚ましてからも泣いていたわ......。 『死なせて、頼むからもう、死なせてよ』って......。 だけど、だけど......あたしは助けたい、死んでほしくなんかないのよ」 ポロロさんが前足で顔を覆って泣き始めた。 「落合くん、あたしはね、彼の先祖に命を救われたことがあるの。 それからずっと、恩返しのために浅野家を守っているのよ。 でもね、でもね、そんなことじゃないの、使命とかお礼とかじゃないの。 こういうの、なんて言ったらいいのかしら......」 ポロロさんのオッドアイが、青い涙と金の涙を宝石のように零していく。 それが地面に落ちて割れては消えた。 ポロロさんの心が悲しみで砕けているのだ...。 「ポロロさん、それは難しく考えることじゃないよ」 俺はソファーから立ち上がり、ポロロさんのそばにしゃがみこんだ。 「命ってね、救われたほうがいいと思うんですよ」 俺がそう言うと、ポロロさんがパタパタと瞬きをして、涙の雫が弾けた。 「落合くん、一生のお願いよ、あたしと一緒にコージを助けて......。 あたしだけじゃダメなの、どうしてもダメなの!」 ポロロさんが前足を広げると、目の前に黒い空間が出現した。 「ここからコージのところに行けるわ!」 「わかった、ところでポロロさん」 「なに?」 「こんなことで一生のお願いは使わなくてもいいんだよ!」 と、言うと同時に俺は空間へと飛び込んだ。
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