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霧が深くて、周りが霞んで見える。
俺はただ前を歩く彩香の背中を見つめている。何か話しかけようとしても、喉に引っかかった言葉が出てこない。頭の中はずっと妹の凛のことでいっぱいだ。
事故で凛を失ったあの日から、俺の中で時間は止まったままだ。彩香が俺を元気づけようと海に行こうと言ってくれたのはありがたい。でも、俺はこの山を選んだ。
それでも気分が晴れるわけでもなく、ただ無機質な山道を、黙々と進むしかなかった。
霧が、俺の中にある弱さを隠してくれているようで、そのことが少しだけ救いだった。
「ちょっと休もうか」
彩香が振り向いて言った。
俺は何も考えずにうなずいて、岩の上に腰を下ろした。水筒から口に含んだ水の冷たさが、少しだけ意識を現実に引き戻してくれる。
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