時、動き出す

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彩香は、何か言いたげな顔をしたまま俺の顔を見つめ、そして、俺の胸にしがみついてきた。 「ぜんぜん大丈夫じゃないじゃない。いいわ。私は、あなたのことならなんだって受け入れる」 大丈夫じゃないって、俺は沙耶を見てそんな顔をしてたのだろうか。俺は、彩香を心配させないように、無理に口角を上げて歩き出した。 「どうして一人で登っているんだ?」 俺は沙耶に尋ねた。彼女は風に舞う枯葉のように軽やかに笑った。その笑顔を、どこかで見たことがあるように感じた。凛の笑顔と重なる瞬間があり、俺は少しだけ目を伏せる。 「私は、……そこに、山があるから? お兄さんは?」 沙耶の答えに俺は鼻で笑った。彩香の視線が俺の背中に刺さるのを感じながら、俺は沙耶と話し続けた。 「俺は、妹を、現実の存在から思い出に変えるために登ってる」 そう言って振り向くと、彩香の表情には陰りが見えた。
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