時、動き出す

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彩香は、沙耶と一緒に歩く俺のすぐ後ろをついてくる。山道は狭く、足元には岩がごろごろと転がっていて、時折バランスを崩しそうになる。 俺が振り向くたびに、彩香が何か言いかけては言葉を飲み込み、ただ俺たちの背中を追い続けている。俺と沙耶の会話は途切れがちで、それでも沙耶の声が不思議と心地よく、耳に響いてくる。 「気をつけて。岩が滑るから」 沙耶が俺に声をかける。 その瞬間、俺は彩香の足音が少し遅れていることに気づく。振り返ると、彩香が小さな岩を踏み外してバランスを崩しているのが見えた。俺はすぐに手を伸ばし、彼女の腕を支えた。彩香は少し驚いたように俺の顔を見上げる。 「ありがとう、大丈夫よ」 彩香は笑みを浮かべて答える。 「ここ、ちょっと狭いですね。気をつけてくださいね」 沙耶が道端に咲く小さな花を指差しながら言う。俺はそれに頷き、彩香にも同じように伝えようと振り返るが、彩香はどこか空を見上げていて、俺の言葉に反応する様子がない。彩香の表情は少し曇っていて、何かを見つめるように遠くに視線を投げかけている。 「彩香、どうかした?」 俺が声をかけると、彩香ははっとして俺に笑いかけた。
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