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「私には、最初からそんな子は見えなかった。あなたは誰もいない場所に向かって話しかけてた。私には、あなたの声しか聞こえなかった」
「嘘だろ」
「嘘じゃない。精神的に追い詰められて幻を見ているのだと思った」
俺は思い出した。
俺が沙耶と話しているのを見て、心配そうにしているのを、そして、あなたのことならなんでも受け入れると言ったことを。
彩香は、俺の隣にそっと寄り添い、手を伸ばして俺の肩を軽く叩いた。
「私が海に行こうって言ったのに、この山を選んだのは、この山が古くからの霊場で信仰の対象で、魂が迷う、成仏できない霊が現れるという伝説があるから? 凛ちゃんに会えるかもと思ったんでしょ」
彩香のその手の温かさが、現実のものであることが唯一の救いだった。俺は彩香に何も言わず、ただ彼女の手のぬくもりを感じながら、目の前の空を見つめ続けた。
彩香がそばにいれば、いままで踏み出せなかった一歩を自分の力で前へと進められる気がした。
了
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