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蠢く亡霊
あれから数十年と時が過ぎ、まさか彼とあんな形で再び顔を合わせることになろうとは、直道は想像もしていなかった。
娘の実の父親である安澤の車内で遭遇した強盗。安澤はそこへ、偶然車で通りかかった知り合いの顔を発見し、彼らに強盗たちの始末をお願いするから、と言って車内を出た。安澤がそんな不穏なことをお願いする相手なのだから、その知り合いが、物騒な人間たちであることは間違いなかった。
まさかその知り合いのなかに輝の姿があったことには、直道も驚いたそうだが。
「今さらこんなこと思っても、どうしようもないんですが。もしもあの日、俺が彼に少しでも関わりを持とうとしていれば、彼も安澤さんの、裏の仕事を手伝うような生き方をしなくて済んだんじゃないかって、そう考えてしまう、自分がいるんです」
直道の後悔は、わからなくはない。でもここは、はっきりと、言わなければならない。
「昔の彼にはどうかわかりませんが、少なくとも今の彼には、鈴木さんがなにを言っても、決して生き方を変えてあげることなど、できませんよ」
直道はどこか寂しそうにして、うなだれた。
「マスター、お会計」
不意に声。先ほどまで店の奥に座っていた男女ふたりがカウンター内のマスターに声をかけつつ会計し、店を出るところだった。老体にしてはかなり大柄な男の車椅子を引きつつ、女が店を出ていく。横目で見た限りでは、女も男も視線は始終うつむきがちで、それがどこか怪しく思えた。
「輝さん、どうかされましたか」
「いえ」
横に直道がいながら、無意識にそんな目で周りをつい観察してしまう自分にため息が漏れた。嫌な職業病である。
「マスター、さっきのお客さんのことですけど」
だがやはりどこか気にかかり、直道には聞こえないよう小声で尋ねた。マスターも向こうの世界では、輝より長く生きているから、そんな濁す聞き方であっても、輝の口調でなにが言いたいのかを察した。
「俺もなんとなく気になってはいたんだが。でもこの店での立場上、あんまり客のことをしつこく観察したり、無闇に話しかけるわけにもいかないからな」
それもそうだ。
「ちょっと外へでてきます」
そう直道に断りをいれ、スツールから降りて店の出入り口へと向かう。輝の頭には、先日氷柱の制服に忍ばせていた盗聴器から聞こえてきた人物の声の数々が思い起こされていた。
まさかと思った。彼女が、生きて輝のすぐ近くにいるなどと。
なにか大きな障害物へとぶつかった。新たに店へ来店してきた客とぶつかってしまったかと慌て、すいません、と声をかけ、目視した人物に唖然とした。
「テルさん」
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