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「さぁ、食事にしよう」
イーヴの合図で、テーブルの上には次々と料理が並べられていく。ラグノリアでも見たことのないようなご馳走の数々に、シェイラは驚いて目を瞬いた。
中でも目を惹くのは中央に盛りつけられた大きな塊肉。
こんがりと焼き色がついていて、食欲をそそるいい香りが漂ってくる。
「これ、私が食べていいんですか……?」
思わずつぶやくと、イーヴが当たり前だとうなずいた。
「どれも美味いぞ。肉は嫌いか?」
「いえ、好きだと思います。……多分」
シェイラの返答に、イーヴは訝しげに眉を顰めた。
「多分って何だ」
「あまり、食べたことがないんです。ラグノリアでは肉料理は、祭りの日と妹の誕生日に食べる特別なものだったから」
マリエルの誕生日には、シェイラも部屋から出て家族で食卓を囲むことが多かった。年に一度のその日と、建国記念の祭りの日に食べる肉料理は、シェイラにとって幸せな記憶だ。正直なところ食事の味よりも、マリエルと小さく微笑み合った記憶の方が鮮明なので、肉料理が好きかと聞かれても分からないのだけど。
そんな話を笑顔でしてみせたのに、イーヴは何故か苦い表情を浮かべている。今の話の何が良くなかっただろうかとシェイラは首をかしげた。
「誕生日は……シェイラも同じ日だろう」
低い声でつぶやかれたたその言葉に、シェイラは確かにとうなずく。
「そうですけど、聖女である妹の誕生日と何も持たない私の誕生日は同列ではありませんから」
「双子なら、誕生日は等しく祝われるものだと思うが」
「妹が聖女でなかったら、そうかもしれないですね」
聖女の誕生日と、生贄となるシェイラの誕生日のどちらを祝うかと言われれば、誰に聞いても同じ答えが返ってくるだろう。ラグノリアにとって聖女は、王族と同じくらいに尊い存在なのだから。
マリエルの誕生日を祝う名目で、その日ばかりはシェイラも部屋を出ることが許された。大好きな妹の顔を見ることだってできるその日はシェイラにはとても大切な日だったし、今も楽しい思い出として心の中に残っている。
なのにイーヴの表情が暗いままなので、シェイラは彼の表情が晴れるようにと更に明るい声をあげた。
「あとマリエルの誕生日以外は、いつも食事はひとりだったから、誰かと一緒に食べられるのは嬉しいです。しかもこんなご馳走、初めて」
「そう、か。なら、これからは毎日一緒に食事をしよう」
イーヴの言葉が嬉しくて、シェイラは笑顔でうなずいた。やっぱり彼は、優しい人だ。
「嫌いなものはないか? たくさん食べるといい」
椅子から立ち上がったイーヴが、次々と料理を取り分けてくれる。あっという間に皿の上にこんもりと肉を盛られて、シェイラは慌ててイーヴの腕を引いた。
「あの、私こんなにたくさん食べられません」
「少食だな。シェイラは細いし、もっと肉を食べるべきだ。ここでは肉料理は、特別なものじゃない。毎日だって食べられるぞ」
「あぁ、だから竜族の皆さんって身体が大きいんですね」
納得したようにうなずくと、イーヴは小さく笑ってぽんと頭を撫でてくれた。大きな手のぬくもりは、驚くほどに心地良かった。
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