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誰もいない薄暗い廊下を、ランプを手にしてイーヴの部屋を目指す。昼間にエルフェから聞いていた通り、二階の奥の部屋の前で、シェイラは一度深呼吸をした。
重厚なドアをそっとノックすると、中からイーヴの声がした。シェイラが名乗ると、驚いたような声と共にドアが勢いよく開く。
「シェイラ? どうした、眠れないのか」
とにかく中に入れと言われて、シェイラはランプの火を消すとイーヴの部屋の中に足を踏み入れた。
彼の部屋は、シェイラの部屋とはまた違って、黒を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋だった。森の木々を思わせるしっとりとした香りが漂っているのは、何かを焚いているからだろうか。
「こんばんは、イーヴ。忙しかったですか?」
「いや、そろそろ眠ろうかと思っていたところだ」
そう言って彼はソファへとシェイラを誘導する。テーブルの上にはボトルと氷の入ったグラスが置かれていて、ふわりとお酒の香りがした。
「何か飲むか」
聞きながら、イーヴは部屋に備えつけられたミニキッチンにすでに立っている。小さくうなずくと、程なくしてシェイラの前にことりとカップが置かれた。
「ホットミルクだ。これできっとよく眠れる」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてカップを口に運ぶと、優しい甘さが口の中に広がった。
「寝る前にお邪魔して、ごめんなさい」
半分ほどホットミルクを飲んだあと、シェイラはカップを置いてイーヴを見上げた。隣でグラスに注いだお酒をちびちびと飲んでいたイーヴは、問題ないと言って首を振った。
「故郷を離れて心細い気持ちもあるだろう。シェイラさえ良ければ、今夜はここで寝ていいぞ。あとで部屋に運んでやるから」
優しくぽんと頭を撫でられて、そのぬくもりに嬉しい気持ちになりつつ、シェイラは姿勢を正して座り直した。
「いえ、今夜お邪魔したのは、初夜だからです」
「しょや……初夜?」
きょとんとしてシェイラの言葉を繰り返したイーヴは、一瞬でその意味を理解したようで、驚きに目を見開いたあと、激しく咽せ始めた。
「なん……で、そんな、ことを」
動揺したように視線を泳がせるイーヴに詰め寄って、シェイラはまっすぐに見つめる。
「私は、イーヴの花嫁としてここに来たからです」
「いや、それは形だけだと言っただろう」
「だって、このままではイーヴにもラグノリアの皆にも申し訳ないです。せめて、花嫁としての務めを果たさせてください」
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