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そう言ってシェイラは、ソファから立ち上がると寝衣を脱ごうとした。途端に、わあぁとイーヴが悲鳴のような声をあげる。
構わずボタンを外そうとしたところで、腕を掴まれた。
「……シェイラ、そういうのは本当に必要ないから」
視線をそらしつつ、イーヴがため息混じりにつぶやく。その頬が赤く見えるのは酒のせいなのか、それとも照れているのか。
「やっぱりこんな貧相な身体では、そそらないですかね。これでも胸は結構あるんじゃないかと思ってるんですけど」
「いや、その、そそるとかそそらないとかじゃなくてだな」
「私、思ったんです。成人になったその日に生贄として捧げられる意味は、こういうことだったんじゃないかなって。背はあんまり伸びなかったけど、ちゃんと成人してるんですよ」
胸を張ってみせると、イーヴが頭を抱えてため息をついた。
「いや、そうじゃなくて」
「大丈夫です! 経験はないけど、本で読んだことはあるので大体の流れは分かってます。上手くできるかどうか分からないけど、頑張るので」
「だから……」
低く唸って頭をがしがしと掻いたイーヴが、そばにあったブランケットを取り、ぐるぐると巻きつけるようにシェイラを包む。ふかふかのぬくもりに包まれるのは心地いいけれど、これでは初夜を全うできないという気持ちもある。
「別にこういうことをしなくても、竜族はラグノリアを守る。シェイラが負い目に感じることは何もない」
「でも」
小さく唇を尖らせると、イーヴの大きなため息が響いた。
「あのな、シェイラ。そういうことは、本当に好きな相手とするものだ。初めてなら特に」
「そんな人、いないです」
「いつか誰かを好きになるかもしれない。その時まで自分の身体は大切にすべきだ」
諭すような口調で言われて、シェイラの唇はますます尖っていく。
「好きな人なんて……考えたこともない」
本で読んだように、誰かを愛することはあるのだろうか。誰かに愛されることはあるのだろうか。
ぽつりとつぶやいて考え込んだシェイラの頭を、イーヴがぽんぽんと撫でる。
「子供はもう、寝る時間だ」
「だから、子供じゃないですってば」
むうっと頬をふくらませて言うと、呆れたようなイーヴのため息が重なった。
「シェイラはいくつだ」
「二十に、なったところです」
成人してるでしょうと胸を張ってみせると、イーヴが少し身を乗り出した。
「じゃあ、俺はいくつに見える?」
問われて、シェイラは首をかしげつつイーヴの顔を見る。微かに顰められた眉に冷たく釣り上がった瞳。精悍な印象を与える彼は、二十代後半から三十代前半といったところだろうか。
思ったままにそれを告げると、イーヴは小さく笑った。そして頭をぽんと撫でられて、揶揄うように金の目が細められる。
「残念。俺は今年で二百九十七歳だ」
「にひゃく……っ!?」
驚きのあまり、裏返った声をあげたシェイラを見て、イーヴが肩を震わせて楽しそうに笑う。
「竜族はおよそ千年は生きるからな。だから、シェイラなんてまだまだお子様だ」
「う……っ、それは、そうかもしれないですけど」
人間としては成人したはずなのに、竜族の彼から見ればまだまだ赤子のようなものなのだろう。シェイラが赤ん坊と結婚したり初夜を迎えるなんてことが考えられないのと同じで、イーヴにとってはシェイラは全くの対象外ということだ。
そう考えると胸の奥が少しちくりと痛んだような気がして、シェイラは思わず胸を押さえた。
なぜ胸が痛むのか、その理由はシェイラには分からない。こんな風に胸が痛むのは生まれて初めてだし、ここに来てから、シェイラの感情は色々なことで揺さぶられっぱなしだ。
「さあ、そろそろ寝よう。部屋まで送るから」
立ち上がろうとしたイーヴの服の裾を、シェイラは無意識のうちに掴んでいた。驚いたように動きを止めたイーヴを見上げて、シェイラは掴んだ服の裾をぎゅっと握りしめる。
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