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自室に戻ると、エルフェが迎えてくれた。部屋にいなかったことについては何も触れられないので、きっとイーヴから連絡がいっていたのだろう。
昨日とはまた色の違う、可愛らしい服を着せてもらって、シェイラは嬉しくなって鏡の前でくるりと回ってみる。動くたびに身体に沿って柔らかく揺れる袖やスカートを見るだけで、シェイラの気持ちもふわふわと浮き上がるようだ。
食堂に行くと、イーヴはすでにテーブルについていた。
何か違和感があると思ったら、少しテーブルが小さくなっている。もちろんそれでも豪華なのだけど、椅子に座るとイーヴとの距離が昨日よりも近い。
イーヴの前には見るからに苦そうなコーヒーが置いてあって、シェイラは思わず興味津々で身を乗り出してしまう。
「飲みたいのか?」
「ちょっと……興味があります。コーヒーって、一度飲んでみたかったんです」
読んでいた本の中に登場したことはあったけれど、ラグノリアでシェイラに出されるのは水か、体調を崩した時の薬湯だけだったから。
そう伝えるとまたイーヴの眉が顰められたけれど、彼は気を取り直したように小さく息を吐いてカップをシェイラに差し出した。
「一口、飲んでみるか」
「いいんですか?」
「苦いからな、覚悟して飲めよ。あと熱いから火傷するなよ」
「はい!」
元気よく返事をして、シェイラはゆっくりとカップに口を近づけた。真っ黒な波打つ水面に、シェイラの顔が映る。苦みのある、だけどどこか果実を思わせる柔らかな香りが鼻腔をくすぐって、シェイラはすんと小さく鼻を鳴らした。
恐る恐る、舐めるほどの量を口に含んでみたものの、シェイラの表情は眉を寄せて固まった。
「にがい……」
薬湯の渋いような味とはまた違って、少し酸味のある苦さ。だけど、美味しいとは全く思えない。本の中に出てきたときは、どんな味がするのだろうとわくわくしたのに。イーヴだって平然とした顔で飲んでいたから、苦くても美味しいものだと思っていたのに実際は全然だった。
涙を浮かべたシェイラを見て、イーヴは小さくふきだした。
「だから言っただろう、苦いと」
笑いを堪えるように肩を震わせながら、イーヴはそばに控えるレジスに目配せをした。
「ミルクたっぷりで淹れてやってくれ」
「かしこまりました」
うなずいたレジスがシェイラのもとに持ってきてくれたのは、薄い茶色をした液体。だけどほんのりコーヒーの香りがする。
「ミルクと砂糖を入れれば、シェイラも飲めるかもしれない」
イーヴに促されて、シェイラはゆっくりとカップを口元に運ぶ。
警戒していた苦みはミルクと砂糖でまろやかになり、風味だけが口に残る。微かに感じる苦みが、癖になりそうだ。
「美味しい!」
思わず声を上げて微笑むと、イーヴもレジスも嬉しそうにうなずいた。まるで小さな子供を見つめるような視線が少し照れくさい。長い時を生きる竜族からみれば、自分はやはり幼子のようなものなのだろうと思いつつ、シェイラはほろ苦いコーヒーをまた一口飲んだ。
そして運ばれてきた料理は、朝からこんなに食べるのかと思うほどに豪勢だ。今日も、大きな肉が皿の上にいくつも並んでいる。
「竜族の人は、朝からたくさん食べるんですね」
見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだとつぶやきながら、シェイラはパンとサラダを少量食べて満足してしまう。
それでもラグノリアにいた頃に比べれば十分すぎるほどに贅沢なのだけど、イーヴはそれでは不満なようだ。
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