竜と花嫁

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竜と花嫁

「花、嫁……?」  呆然として目を見開くだけのシェイラに代わって声をあげたのは、マリエルだった。  男はシェイラの手を握って、笑みを浮かべる。鋭い目つきが微かに和らぐものの、凄みがあって笑顔のはずなのに怖い。顔立ちは整った部類に入るだろうけれど、冷たく恐ろしい印象の男だ。だけど握られた手は思いがけず温かくて、シェイラは戸惑って視線を揺らすことしかできない。 「花嫁、確かに貰い受けた。竜族は、これからもラグノリアの地を守ろう」  そう言って男はシェイラの手を引く。よろけるように前に出た身体は、勢いあまって男の腕の中に飛び込んでしまう。こんな風に誰かのぬくもりに包まれることなんて初めてで、頬が熱くなる。まるで男の体温がシェイラに移ったかのようだ。  竜族は人の姿をとることも知っていたけれど、生贄としてはきっと竜に喰われるのだと思っていた。男の見た目はシェイラと変わらないようだが、彼が喋るたびに口元から牙のような鋭い歯がちらりと見えて、あの歯に噛まれたら痛そうだなと思う。 「待って、あの……、生贄ではなくて花嫁なのですか?」  マリエルが男に一歩近づいて問う。やはり恐ろしいのだろう、杖を握りしめた手は小刻みに震えている。 「生贄……? いや、彼女は花嫁だ」  そう言って、男は腕の中のシェイラを更に強く抱き寄せた。頬に男のシャツ越しに肌の温もりが触れて、どうすればいいか分からなくなる。  生贄としてここで喰われない代わりに、この男のもとに嫁ぐということなのだろうか。だけど人を喰うという竜族のもとへ行くのなら、喰われるのが多少先になるだけだろう。  昨晩テーブルの上に並んでいたご馳走を思い出し、同じように調理される自分を想像する。シェイラは細くて身体にあまり肉がついていないから、食べてもあまり美味しくなさそうだ。こんなことならもう少し太っておけば良かったかなと思わず小さくため息をつく。  そんなシェイラに気づく様子もなく、男は右手を高く掲げた。指先に青い光が灯り、手を振るとそれは空高く舞い上がって聖女の構築した結界へと吸い込まれていく。  男の放った光によって、結界が更に強化されたのが分かった。  これが竜族の保護魔法かと、シェイラは目を見開いた。  聖女であるマリエルも結界を確認したらしく、ハッとした表情になったあと膝をついて深く頭を下げた。まわりで見守っていた神官らも、同じように頭を下げていく。  きっとこれでラグノリアは安泰だ。あとはシェイラが喰われるだけ。肉が不味いと言って怒られないといいなと思っていると、ふわりと暖かいものに身体を包まれた。 「空は冷える。着ていろ」 「え? あ……」  どうやら、男が羽織っていたマントをシェイラに着せかけてくれたらしい。薄手なのにふんわりと温かいのは、彼の体温の名残だろうか。どうせ喰べてしまうのに、何故こんなに優しくしてくれるのだろう。いつ喰われるのか分からない状況が落ち着かなくて、シェイラはうつむいてマントの前をかき合わせた。
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