私の幸せ

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 イーヴみたいに保護魔法を使うことはできないけれど、生まれてくる彼女の子供にありったけの幸せが降り注ぐことを願う。 「ラグノリアに、幸多からんことを」  一年前にこの場でイーヴが言ったのと同じ言葉をつぶやいて、シェイラはくるりと踵を返すとイーヴの背に乗った。 「ありがとう、イーヴ。もう大丈夫」  たてがみに顔を埋めて囁くと、返事をするように小さく鼻を鳴らしたイーヴがふわりと飛び上がった。  聖女の誕生日に竜があらわれ、保護魔法のかかった鱗を与えられる。きっとマリエルは歴史に名を残す聖女になるだろうし、生贄を捧げる習慣も終わらせてくれるだろう。  「お姉様……どうぞ、お元気で」  まっすぐに見上げたマリエルの言葉に手を振ると、それを確認したようにイーヴが更に高度を上げて、妹の姿はあっという間に見えなくなった。 「少し寂しくなったか」  雲を抜けて、ゆっくりと飛びながらイーヴがつぶやく。  マリエルとは生きる時間が変わってしまったから、もう彼女に会うことはないだろう。今はまだ人の時の流れの方が慣れているけれど、そのうちシェイラも竜族と同じ時間感覚で生きるようになる。そうなれば、人間の寿命なんて一瞬だ。  心配しているようなイーヴの声に、シェイラは笑ってたてがみに顔を埋めた。 「ん、少しだけね。でも私にとって大切なのはイーヴだから」  ラグノリアでの心残りはマリエルのことだけだった。両親のことすら思い出さなかった自分が薄情だなとも思うけれど、数えるほどしか顔も見たことのない両親は、シェイラにとってレジスやエルフェよりも他人に近い。 「私の居場所はドレージアだし、イーヴのそばだから」 「そうだな」 「あ、でもね、イーヴの鱗がマリエルの手元にあるのは少し妬けるかな。あの子の幸せを願う気持ちに嘘はないけど、イーヴの身体の一部を渡すと思うとね」  笑いながら、シェイラは少しだけ唇を尖らせてみせる。念入りに保護魔法をかけた鱗を渡すことは、目に見える形で示しておいた方がラグノリアに分かりやすいと、イーヴと相談して決めたことだ。  それでも愛する人の一部を渡すことには、少しだけ不満がある。しかも相手は自分と同じ顔をした妹だから。  拗ねたようなシェイラの声に、イーヴが機嫌良さそうに笑う。 「可愛い嫉妬だな。ラグノリアには鱗の一枚くらいくれてやれ。それ以外の俺の全ては、シェイラのものだろう」 「うん。全部全部、私のものよ」 「そしてシェイラの全ても、俺のものだ。――愛してる、俺の花嫁」 「ふふ、私も愛してる。誰よりも大切な私の旦那様」  たてがみに頬擦りをすると、イーヴがくすぐったそうに笑った。 「よし、花畑を見に行って、そこで夜まで過ごそう。それから湖を見て帰るっていうのはどうだ?」 「素敵! ちゃんと厚着してきてよかった!」 「アルバンが、食事を持たせてくれただろう。今日はシェイラの誕生日だからな、ピクニックでお祝いしよう」 「わ、嬉しい! こんなに幸せな誕生日って、生まれて初めてです」 「誰も来ない秘密の場所だから、二人でゆっくり過ごそうな」  色気をはらんだその声に、シェイラは一瞬で顔を赤くする。 「そ、外でするのはちょっと……」 「誰もそんなこと言ってないけど、シェイラが望むなら仕方ないなぁ。誕生日だしな」 「私も言ってないもん!」  真っ赤な顔で頬をふくらませると、イーヴが声を上げて笑った。それにつられてシェイラもついふきだしてしまう。  くすくすと笑いながら、シェイラは身体全体でイーヴに抱きついた。 「大好き、イーヴ。たくさんの幸せを私に教えてくれて、ありがとう」 「俺の方こそだ。シェイラの優しさに、俺がどれほど救われたか。もう絶対に離さない、俺の唯一」  抱きついているから、イーヴの声が身体全体に響いて染み込んでいく。低く優しいその声に目を細めて、シェイラはぎゅうっとたてがみを握りしめた。  シェイラを背に乗せた青い竜は、二人きりの秘密の場所に向けて、晴れ渡った空を滑るように飛んでいった。
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