多分、人類の歴史のどこかにあるはずだ

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多分、人類の歴史のどこかにあるはずだ

「アルティメット・タック・ボールの一番の特徴は……やはりスタンガンで相手チームを妨害できる点でしょうか。体格差による有利不利をなくすためとはいえ」  テレビに映る女性アナウンサーの顔面をブレザー姿の男子高校生が睨みつけている。 「国内でもアルティメット・タック・ボールの知名度は上がってきていますし。これから五年以内に世界と肩を並べられるレベルの選手も」 「あるわけねーだろうが」  テーブルの上に並ぶ朝食を口にしないまま男子高校生はスクールバッグを持って、家を出ようとしたが。 「せめて食パンだけでもかじっていきなさい」  キッチンのほうから聞こえてきた母親の声の言う通りに、男子高校生が食パンをくわえる。  まだアルティメット・タック・ボールのことを話しているのが気に入らなかったらしく男子高校生はリモコンを操作し、テレビの電源を落とした。  一日の授業が終わり、帰宅の準備をする男子高校生のほうに茶髪のポニーテールの女子生徒が近づく。 「アツヤ、たまには一緒に帰らない?」 「悪い、忙しい……また明日な」 「家に帰るだけでしょう、たまにはいいじゃん」 「だから」 「うわああああああああん。わたしを捨てて、またあのキレイ系の女の子のところに行くのね」  教室にまばらに残っていた学生たちの視線が、膝から崩れ落ちて泣きじゃくる女子生徒に集まり。自然と彼女のそばに立つアツヤを。 「分かったから、一緒に帰るから泣くのを」 「あー、すっきりした。泣くのはストレス発散するのに最適だよね」 「おれも泣きたくなったわ」 「あははは! ギャグセンスたーかーすーぎ!」  お騒がせしました、わたしと彼はただの選手とマネージャーなので変な噂を流さないでね! と釘を刺し……女子生徒はアツヤの左腕を引っ張り教室から移動をしていく。 「今日は付き合うが、おれはもう」 「ブランクのある選手をわざわざ呼び戻すほど、わたしたちは仲良しこよしでやってないからご心配なく」 「おれよりも有望なやつでも入部してきたのか」 「んーん、全然。ただ……タクミはちょっとさびしそうな気がする」 「あっそ」 「嘘をついちゃった。わたしも、もう一回ぐらいは完全無欠だったあの時の二人を見たかったりはする」 「おれとのデートで我慢しとけ」 「やーん、おーそーわーれーちゃーう」 「本当に遊ぶのかよ」  え? とでも言いたそうに首を傾げる女子生徒が目の前のチョコレートパフェにソーダスプーンを突き刺していた。 「部室に連れていかれると思っていたのか。今日は休みだから付き合ってもらっているだけだよ、カップルだと割引されるんだってさ」 「無料にはしないぞ」 「わたしのスマイル割引のほうは適用外か……甘っ!」  不満そうにしていたが、すぐに表情を緩ませ女子生徒がチョコレートパフェを食べすすめる。  年齢の近い異性がなにかを食べる姿を見るのが気恥ずかしいのかアツヤが窓の外を見た。本物の学生カップルであろう男女が横に並んで歩いている。 「毎日、楽しいかい」 「それなりには。昨日は魔王討伐に成功したし」 「オススメのゲームとかあったりする?」 「アルティメット・タック・ボールに匹敵をするテレビゲームには今のところ、おれは出会ってないからな」 「ふーん」  女子生徒がアツヤの顔を覗きこむも目が合わない。 「膝は?」 「動く」 「どうして戻ってこないの。毎日スタンガンの手入れもしているんでしょう」 「たかが部活だろう。もうすぐ受験だしさ」 「まだ、わたしたちには一年も残っているよ。それだけあれば全国制覇も夢じゃない」 「ブランクのある選手を今さら誘うなよ」 「誘ってないよ。確認しているだけ……アツヤがまだ」 「とっくに諦めた」  金を置き、アツヤは店を出た。  膝は治ったけれど牙はとっくに折れちまっている。  今のあいつとも肩を並べられないだろう。  医者からは次はないと忠告もされている。  母さんも……反対はしてないが自分の子供がそこまでして、アルティメット・タック・ボールを続ける必要があるのかと考えていると思う。  受験もそれなりに心配ではあるしな。 「んで、アツヤはどうなの? たかが部活とかなんとか自分で言っていたのにさ」  にやりと笑うマネージャーの女子生徒につられてか、アツヤもなんとか笑顔をつくろうとひきつらせる。 「かつてのような、タクミとのタッグにはなれないかもしれないし。全国制覇なんて夢のまた夢だろう」 「昔の自分には戻れないと諦めたわけだけれど。こんなところに女の子を呼び出してどうするつもり?」  体操服姿のアツヤを女子生徒が凝視した。 「野暮なことを聞くなよ」 「メンタル的に大事なんだって。わたしも同情でアツヤをサポートするほどヒマじゃないし」 「昔のおれを超えたいんだ。力を貸してくれ」 「高いチョコレートパフェも奢ってもらったし、しょうがないね」  なにより……わたしもあの完全無欠の二人をもう一回だけ見てみたいし。と女子生徒が目元を指先でこすっていた。 「朝からそんなに食べて、試合は大丈夫なの」 「平気平気。むしろこれぐらい食べないと勝てるものも勝てなくなるんだって」 「だったら良いんだけど」  と心配するような言葉とは裏腹にアツヤの母親の顔はどこか嬉しそうだった。  家を出て、アツヤは深呼吸をする。かつてと全く同じであろう試合の日特有のひんやりとした空気を。 「よう、秘密兵器」  自分の目の前に立つ部活ジャージ姿の男を見てアツヤが息を呑んだ。 「待たせたな、タクミ」 「全くだ。これだけ遅刻したんだから」 「安心しろ。おれが全国に連れていってやるよ」 「そういう男前な台詞はクミにだけ言ってやれ」 「めっちゃ爆笑されたわ」 「それはなんというか、ドンマイ」  他愛のない雑談を交わしつつアツヤとタクミは歩く。  先に駅に到着をしていたマネージャーのクミが、横に並び近づいてくる二人に視線を向けた。ゆるやかに昇る朝日に照らされてか彼らが輝いているように。 「よう、待たせたな……クミ」  アツヤが真っ直ぐにクミと目を合わせている。 「おかえり」 「おう、ただいま」  示し合わせたようにアツヤとタクミはほとんど同時に力強くクミにそう返事をしていた。
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