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【一】俺んとこのおかん
「邪魔するで。」
「邪魔するんやったら帰って。」
「はいよっ。て、なんでやねん。帰って来とんねんっ。」
「ほな、さっさと『ただいま』言わんかいな。」
俺とおかんのおきまりのやりとりである。
「『ごめんください。』『どなたですか。』『田畑家の次男が、学校から帰ってまいりました。』『お入りください。』『ありがとう。』*」
おかんは、機嫌のええ時はそこで新喜劇の役者張りにドテッとこけたフリするんやけれども、機嫌の悪い時は、
「あんた。玄関先でごちゃごちゃ言うてんと、さっさとあがらんかいな。そのきったない靴下は、ちゃんと手であろてから洗濯機に入れや。そのまま放ったらかしとったらあろたれへんでっ。」
と、俺よりも長い台詞をまくしたてる。
(それこそ、俺が家にあがってから言うたらええのに。)
と思うが、おかんも更年期や何やらで苛々しとんのやろ。知らんけど。
俺は高校一年生。同級生は自分の親とはあまり話さへんらしいけど、俺の家はちゃう。
ツレは、
「高校生にもなっておかんと話すの、なんかマザコンみたいやないか。」
なんか言うけど、そんなんで会話せぇへんのって、何かもったいなないか。うちはおとんがもうおれへんし。かと言うて、なんでも親の言いなりになるのもちゃうと思うねんけども。
俺は、おかんが機嫌の悪い時は、
「そんな顔しとったら、別嬪さんが台無しやがな。」
と返す。おかんはひと言、
「あほっ。」
て言うて、台所に行ってしまう。
ある日、俺が学校から帰ってきて、
「ただいま。」
とだけ言うて家にあがると、
「あんた、どないしたん。どっか具合でも悪いんか。」
と本気で心配してる様子で言うてくる。
「えっ、なんで。どっこも悪ないで。」
と返すと、
「せやったらええねんけど、あんた、普通に『ただいま。』言うて入って来るから。」
って、どないやねん。
おとんが三年前に他界して、兄貴は今年大学に入って家を出て独り暮らしを始めたから、今、俺はおかんと二人でこの家で暮らしている。
おかんは、こないだ自転車で買いもんに行った帰りに接触事故でコケて大怪我をした。命に別状はないから良かったものの、しばらく入院せなあかんようになった。
いつものように、学校から帰ってきて、
「邪魔するで。」
て、無意識に言うたけど、何か返ってくるはずがない。
何となく物足りん気がした。
いつも俺が学校から帰ってきたら、おかんが家におるけど、おかんが退院したら、今度は俺が出迎える番や。
おかん、帰ってきたら何て言うんやろか。あ、せや。コケる練習でもしよ。
勿論、おかんが何のひねりもなく
「ただいま。」
て言うても、コケる準備はしとくで。
おかんの反応、楽しみやなぁ。
『俺んとこのおかん』終わり
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「ごめんください。」「どなたですか。」~「おはいりください。」「ありがとう。」*:吉本新喜劇の桑原和男(故人)のあまりにも有名なギャグ。
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