かき集めてサファイア

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「今日も探しに行くの?」 「うん。そのつもり」  放課後の教室。  少ない生徒のうちの二人である私と、一番の友人である彼女。  その彼女へ向けて、スクールバッグを背負いながら私は聞く。 「場所は?」 「海の近くに大きな倉庫があるでしょう? あの辺りに行くつもり。また付いてきてくれる?」  スクールバッグを背負いながら彼女が言う。 「いいよ。暇だし」  私は頷き、クラスメイトの子達全員に、さよならの挨拶をしてから、彼女と共に教室を出る。 「でもさ、毎回よく探す場所思いつくよね。しかも、それでちゃんと見つけるんだからすごいよ」 「それ、昨日も同じこと言ってたわよね」  私の言葉に、彼女は微笑ながら応える。 「あ~うん、言ったかも。ごめんね、しつこくて」 「ううん、しつこいなんて思ってないわ。ただ、気になるのね、ってこと」 「そりゃあ、だって、ねぇ。こうして毎回、放課後に探しに出て行って、確実に一つは見つけて持ち帰るんだもん。多い時は一度に、えっと、いくつ見つけたっけ?」 「最高で三つ同時だったわね」彼女が応える。 「そう、それ。隕石の破片三つ同時に拾い集めるなんて、多分だけど、相当に凄いことのはずだよ」 「そうかもね」  会話を交わしながら校内の階段を降り、一階の下駄箱で上履きをローファに履き替える。  校舎を出て、控えめな面積のグラウンドを横切り、校庭を抜けて校門をくぐる。どうしてうちの学校の校門は、こんなに大きくて大袈裟なのだろうかと、中学入学当初からずっと疑問。先生に聞いてみようと考えて、明日には忘れている。そして放課後の帰り道に、また思い出すのだ。  自分の頭が疑問に思ったことなのに、覚えていられないものなのだな、という不思議。  忘れない種類の記憶もあるのに、どうして差がつくのだろう? 変なの。  例えば、この町の近くに隕石が落ちたのが丁度、二週間前のこと。これは正確に覚えている。  あの時は、町中が大騒ぎだった。隕石っていう非日常的な事件だったこと、あまりにイベントや珍事のない、時化た田舎の漁村だから、それこそ皆にとって不謹慎にも、お祭り同然だった。  海に近い港町。この文言だけ見れば、他所に住んでいる人達からは羨ましがられる。 空気が爽やかでしょう? いつも海が眺められるなんて素敵だね。良い所に住んでいるね、って。  実際はそんなことない。そんなふうに感じたことは一度もない。早く大人になって東京へ出たい。  空気は生臭くて魚臭いし、いつも潮風で髪や身体がべたつく。青い海も幼稚園の頃から見て育ったから、とっくに眺め飽きてる。良い所と褒めながらも、大抵の人達は他県からここに引っ越してきたりはしない。都会から遠く離れた小さな町は不便で娯楽が全然無い、って知っているからでしょう? 私はそれを知っているよ。  それもあって、あの隕石墜落事件の時は楽しかった。こういう言い方をしても良いのか分からないけど、大人も学生も盛り上がっていた。人間は変化や刺激が好きなのだ。  でも、それも、国内の宇宙研究開発職員? JAXAの人達? が町までやって来て、落ちた隕石本体か、その破片か、いまいち判然としない黒い岩の塊みたいなものを回収して帰るまでだった。  宇宙関連の専門職員さん達が引き上げた後の町には、すぐに平穏が戻ってきた。  それは退屈に変わる。  いつも通りになる。  退屈で、つまらない。  欠伸ばかりが出るような日々。  しかし意外なことに、事は予想外の展開を見せた。  学校のクラスメイトであり、私の一番の親友である彼女が、とっても興味深いものを発見して、学校に持ってきたのだ。  彼女はそれを私だけに、こっそり見せてくれた。  一言で表すなら【蒼い欠片】だった。  大きさは五センチほどで、USBメモリと同じくらい。深い青色で、重さも堅さも見た目通り。USBメモリよりも重くて石ころと同じくらい、という意味。  これ、どうしたの? と聞けば、家を出てすぐの道端に落ちていた、太陽が反射していたのに気づいて拾ってみたら、宝石に似ている気がしたので、高く売れたりしないかな、って思って隠し持ってきた、と彼女は答えた。  二年生になってようやく買ってもらえたスマートフォンで検索して調べてみると、彼女の言う通り、似た宝石がいくつかあった。その中でも特に似ていた宝石のサンプル画像はサファイアで、もしこれが本当に本物のサファイアの欠片もしくは原石だったなら、高く売れることは確実らしい。  この事実に私と彼女は大興奮して、でも教室内でのことだったから、他のクラスメイト達にバレないようにしないといけなくて、大変だった。中学生にとって、この出来事はあまりに衝撃的で、スマートフォンの画面に表示されているサファイア原石の取引金額相場は、ハイテンションとアドレナリンを大いに引き出させてしまう数字だったから。  その日の放課後、私と彼女はいつも以上に遠回りをしながら帰路を歩いた。  というのも、どうしてサファイアが田舎町のその辺りの道に落ちていたのか、という疑問に対して、私達は天才的と称して差し支えない閃きをしたためだった。  もしかして、この前の隕石が降ってくる際に、落下中の隕石から剥がれたサファイア原石が、散らばりながら町に落ちたのではないかと。  このアイデアなら、長くこの町に住んでいて一度も目にしたことのない宝石が、私達の目に入るような所へ突如出現したことに対しての疑問に合点がいく。ネットでも調べてみたけど、隕石の破片が落下中に剥がれて、大部分の隕石とは別の箇所に落ちることはままあるらしいし、その剥がれた小隕石がただの石片ではなく、宇宙空間で生成された希少鉱石である場合も、確率的には少ないけど、ゼロではない、と専門サイトに書かれていた。  なので私達は、自分達の閃きと、手元にある現物と、確率的には少ないけど、ゼロではない、という可能性に賭けて、もとい検証のつもりで、学校周辺から自宅までの道だけでも、と探索をしてみることにしたのだ。  無ければ無いでいい。予想が外れたなら、残念だったね、で終わる話。  ただ、もし、他にもサファイアがあって、それを見つけることができたなら、とんでもなく嬉しい、というだけのこと。  二つ、三つ、と拾えたなら、山分けしようね、二人で一緒に東京へ行く時の軍資金にしようね、などと笑いながら話しつつ、私と彼女は、とっくに見飽きている帰路を散策しながら歩いていた。  そして、見つけたのだ。  緑の雑草の中から半分だけ顔を出して転がっていたそれを。  まさか、と思った。  私は思わず大きな声を出しながら掴み、彼女の名前を呼んだ。  駆け寄ってきた彼女に、見つけたばかりのそれを見せつつ、彼女が持っている欠片と比べてみる。  手の中で並べ見比べてみると、ほとんど同じに思えた。サイズも色も質感も同一。形状の細部に微細な違いがあるくらい。これはおそらく、砕けた際の変形だろう、と彼女が教えてくれた。  ことの真相はともかく、私達の間では、このサファイアは落下する隕石から分離して町に散らばり落ちたもの、と断定したわけである。  そうと決めつけたからには、翌日の放課後から、この探索行為が私達二人の定例行事となることも必然だった。  あれから、ほとんど毎日、彼女と二人でサファイア探索を続けている。  うまく予定が合った時は、休日にも外で合流して町の内外を探し歩いた。一日のうちに三つも見つけたのは、その日のこと。  この蒼い欠片は、町のあちこちで見つかった。  公園内の砂場、商店街の隅、町の外れにある小さな山の麓、雑木林奥の溜め池近く、そこに佇む廃小屋の屋根を突き破ったと思しき状態のものもあった。本当に町の真上で砕け散ったのではないかと信じられるほど。  拾い集めるほどに、私達の懐は潤う。それは良い。とても嬉しい。大人になってからと言わず、これを売却したお金で県外の高校に進学して、そこで二人暮らしを始められるではないか、というほどの数が既に集まっている。  ただ、う~ん……。  私の頭には疑問が浮かんでいた。  初めは一つ。  たまたまかな、と流そうとしたけど。  どうにも、気になっちゃって。  今では、おかしいんじゃないか、という疑念に変わってしまっている。  疑問自体も、三つに増えた。  それを今日、彼女に聞いてみよう、と決めてから学校に来た。  だから実は、今日は内心ずっと、どきどきしてる。  彼女を怒らせちゃわないかな、っていう小さな不安と。  私の疑問を、彼女はどう思うだろう、っていう……疑問。  疑問の疑問なんて、変なの。  でも、気になっちゃったから。  そうしたらもう、ダメなんだ。  私は、こういう性格だから。  教室で話した通り、海を目の前にする海辺の倉庫に、私と彼女は二人だけでやって来た。  彼女はしっかりとした足取りで、並列に建つ倉庫の間へと歩き進み。  屈み込んだかと思うと、何かを拾い上げてから、私の元へ戻ってくる。 「見て見て。また見つけたわ」  眼前に差し出される蒼色の欠片。  すっかりお馴染みとなったサファイア。 「すごい、よく見つけたね」  私は言う。 「海からの光の反射のおかげ。倉庫の隙間は暗いから」  彼女が笑いながら応える。 「それもだけど、よくここに落ちてる、って分かったな、って思ってさ」  そう告げると、彼女はぴたりと動きを止めて。  そして、ゆっくりと振り返って。  私を見た。  私の目を。  私の目の奥。  そこに隠している思考を、抱く疑問を、見透かそうとするかのような、そんな視線。 「貴女にね、ちょっと、聞いてみたいことがあるの」  今だ、と決めて。  私は切り出す。 「あら、なにかしら?」  彼女は微笑みながら応えてくれる。 「あのね、どうして、サファイアが落ちている場所が、正確に分かるの?」  この問いかけに、彼女は微笑んだまま、小さく首を傾げた。 「探し始めた最初の頃は、二人してもっと一生懸命に探したよね? 一緒に草むらに入り込んだり、浜辺で日焼けしながら砂掘ったり、海の浅いところに制服のまま入ったりしてさ。でも最近は、まるで落ちてる場所が最初から判ってるみたいに、一直線に向かっていくよね?」 「たまたまよ」  彼女はさらりと言ってのける。 「たまたま?」  私は、彼女の言葉を繰り返す。 「ええ、たまたま」  彼女は頷く。 「たまたまで、そんな毎回当たるもの? それこそ、確率的にどうなのかな、って……あとさ、まだいくつ落ちてるのか、私達の手元にある分で、もう全部なのかどうかとか、海の中に落ちちゃって取りに行けない場合とか、色々あるじゃん? そういうのも含めると……」 「ありそうなところに来ている、それだけよ。所謂、女の勘、ってやつ」 「いや、私も女なんだけど、分からないよ。どこに落ちてるかなんて……」 「他に聞きたいことは?」  私の指摘も言い訳も遮り、彼女が聞く。  どことなく高圧的。  どことなく不穏。  どうしたのだろう?  いつもの彼女らしくない。  この子は、こんな子じゃないはずなのに。 「じゃあ、この機会に聞いていい?」  私は問う。  許可を求める。  どうしてか、それは不明。  私は誰に対して、何に対して、へりくだっているのだろう? 「ええ、どうぞ」  彼女が頷く。  許可が下りる。 「貴女が初めに学校に持ってきて見せてくれた、あのサファイア。あれさ、本当に道端で拾ったの?」 「それは、どういう意味? もし拾ったのではないとしたら、私がどうやって手に入れたと想像したの?」  彼女の視線が鋭くなる。  射貫こうとするような、そんな目が、私へ向けられる。 「えっと、ごめん……責めてるわけじゃなくてね。単純に疑問に思って……」 「他には?」  矢継ぎ早に問われる。  まだ答えを見せてくれないまま。  何を急いでいるの?  どうして急いでいるの?  私の中の疑問は、恐怖に変わりつつあった。 「……集めてるこれってさ、本当に、サファイアなのかな?」  聞いた瞬間。  彼女が素早く、私との距離を詰めてきた。  彼女が私の制服の襟首を掴み。  凄まじい力で、私の身体を引いた。  私の身体は半円を描いて宙を舞い。  倉庫の壁へと叩きつけられる。  次いで、地面へと落ち。  今度はアスファルトとぶつかった。  背中と胸が痛い。  息ができない。  力が入らない。  蹲って動けないでいると。  私のすぐ横に彼女がしゃがみ込んで。 「当てずっぽう? それとも、はっきりと気づいたの?」  低い声で、そう聞いてきた。  私は涙を流しながら、彼女へ目を向ける。  そして。  驚き。  恐怖する。  彼女の両目が、サファイアと同じ色に変化していたから。  深い蒼色。  日本人の目の色ではあり得ない。 「……当てずっぽうだったみたいね。全部に気づいたわけではない。でも、疑っていた。そんな感じかしら」 「なにを……」  意味不明な状況と彼女の溢した言葉、その全てに対しての疑問は、しかし上手く言葉にできない。あまりの急展開を、私の頭がまだ処理し切れていないのだから、言語化して疑問を呈すなど困難を極める。 「貴女にとって重要で、貴女にできることだけを教えてあげる。いい? よく聞いてね」  私の頭を片手で掴み、倉庫の壁面に押しつけて上向かせながら、彼女が口を開く。 「貴女はこれからも、私と一緒に、このサファイアを集めるの。貴女が勘付いた通り、これが落下した場所は判ってる。回収可能な場所とそうでない場所も区別できている。回収可能数だけで、必要数には到達できる」 「必要数って何? そもそも、これは何の欠片なの?」  震えながら私は問う。 「我々の宇宙船だよ」  瞬間、彼女の声質が変化した。  ざらりとした、合成音声のような異質なものに。  音波を重ね合わせたような、複数の声の集合体のような響きだった。 「これで分かったろう? 君の友人である、この子の中に居るのは、独りではない」  彼女が口角を上げて言う。  おそらく彼女の意思でない者の意図で。 「我々の望みは、隕石の落下に巻き込まれて破壊されてしまった我々の宇宙船そのパーツの回収。それだけだ。絶対必要数さえ集めてしまえば、宇宙船の自己修復機能が起動して改修がなされる。我々はそれに移って、この星を出て故郷に帰る。やるべきことも、要求も、シンプルだろう?」  その問いかけに。  不明の者達からの言葉に。  私は口をつぐみ、彼女を睨みつける。  彼女のことを睨んではいない。大好きな友達だから。  だからこそ、素直に従ってよいものかどうか悩んだ。  得体の知れない、宇宙人だか、異星人だか、とにかく異常な存在を相手に、その相手の説明を信用していいのかと。  一方的に情報を押し付けられて、直前には暴力を振るわれてもいる。未だに背中が痛いし、制服だって破けてしまった。こんな真似をしてくる奴らの言う事なんて……という反抗心、敵対意識が芽生えてもいた。  無言のまま、思考と反抗を続けていると、しびれを切らしたのか、彼女の中の者達が再度、口を開く。 「もし協力を拒むというのなら、仕方がない。無理強いはしない。君が協力をしてくれなくても、この子の身体は我々の好きに使わせてもらう。この子が寝る間も惜しんで欠片を集めてくれる。君が我々の存在を他の者達に告げ口しない限りは、君自身の安全と、この子の生命も保障しよう。ただし……」  彼女はここで言葉を切り、制服のポケットから蒼い欠片を取り出して、私の眼前に掲げてみせる。 「君が我々の存在、正体を、他の者達に口外した場合、インターネットという情報共有の場で披露した場合は、我々種族への敵対行動とみなし、この星からの脱出ではなく、この星への攻撃行動へ移行する。具体的には、我々は宇宙へ向けて救難信号を発信して、我々の種族をこの星に集める。言っている意味は分かるね?」  この追撃的説明に、私は青ざめ、身体には怖気が走った。 「理解できたようだね。君は賢い。そう、戦争が始まるリスク、自分の行動一つで、自分一人では手に負えない最悪の事態が展開されることになるんだ。そんな最悪は避けたいだろう?」 「あの、はい」  私は頷く。  それ以外にない。 「サファイアの石言葉を知っている?」 「えっ?」  唐突な問いに、私は固まる。 「共に集めていた、我々の宇宙船の破片。これは厳密にはサファイアではないんだが、それはひとまず置いておこう。この星に埋蔵されている、サファイアという鉱石。宝石という価値ある資源に似ているらしいね。それだけでなく、君達の種族は、こうした宝石という鉱石に、石言葉というこじつけを施して、付加価値を与えている。実に面白い文化だ、と感心していてね」  彼女の外見で、すっかり彼女らしくない口調で話すようになってしまった彼女が、立ち上がりながら言葉を続ける。 「サファイアの石言葉は【変化を伴う困難な試練を与える】だそうだ。面白いだろう? 可笑しくもある。今の状況にぴったりじゃないか」  彼女が歩き出す。  倉庫に挟まれた暗がりに、私を独り残して。 「乗り越えてみせて欲しい。この試練を。君と、この子と、君の種族全体の為に」  言いながら、彼女が遠ざかっていく。 「欠片を集める、我々の為に。無事脱出できるまで、我々との約束と秘密を守る。簡単だろう?」  そこまで話して、彼女は姿を消した。  私は暗がりに座り込み、すすり泣く。  困ったな。  明日から、どうしよう。  何も思いつかない。  誰も答えをくれない。  温かさのないアスファルト。  波の音と、海鳥の声だけが。  私に纏わり付いていた。
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