超妄想コンテスト第229回「ただいま」

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葉っぱの絵が描けない・・・。 画才がなくて描けないのではない。 適当な理由が見つからないのだ。 弟は小さい時に亡くなった。 のはずなのだが、その後数年にわたり僕の部屋に住んでいた。 最初は触った感じもなかったが、だんだん実体化して話もできるようになった。 それがあるとき急に引っ越ししていった。 「かみさまがお仕事あげるから戻ってきなさいって。」 でも里帰りもできるらしい。 「葉っぱの絵をかくの。」 というわけで葉っぱを描こうとしているわけだ。 「なにかあったら葉っぱ描くから。」と約束しているので 葉っぱを描くには「なにか」がなければいけない。 だが 「弟に会いたい」以外の「なにか」が見つからない。 会いたいだけで弟を呼びつけるような兄にはなりたくない。 こうしてぼくはこの数週間、悶々としてすごしているわけだ。 「あんちゃん~。」 そうだよ、いつもそういう声でぼくを呼ぶんだ・・・って、えっ?? 「あんちゃ~~~~ん。」 弟が部屋の奥に立っていた。 「ちょっ!ど、どおした。」 葉っぱ、まだ書いてないよな。 「おつかいに来たの。」 そおか・・・、ほっとした。 弟のお使いは「みたまさま」のお迎えらしい。 亡くなった人の魂を送り届ける役目のようだ。 「なんかね、帰り道がわかんなくなることがるんだって。」 「なるほど・・・。」 弟がちゃんと帰ってきてくれたことがうれしかった。 「自分で帰ってこれるんだな。おかえり。」 「うん~。」 「うん、じゃなくて。そういうときは”ただいま”っていうんだ。」 「ただいま?」 「そう。自分の家に帰ってきたときはそう言うの。」 「ふうん~。じゃあ・・・ただいま!」 「そうそう。お帰り~。」 ぼくは弟の頭をなでてやった。 「しばらくいられるのかい?」 「えっとね。二日くらい。」 「短いんだな。」 「みたまさま。長くこっちにいられないからね。」 「そうかあ。」 今回のみたまさまは子供で、お盆に帰ってきて戻れなくなったのだそうだ。 「あんちゃんにお願いがあるの。」 「ん、なんだ?」 「影を貸してほしいの。」 「ぬお?どういうことだ?」 あちらの住人はそのままではこちら側の世界を出歩くことはできない。 そこでこちらの住人の影にはいって行動するらしい。 慣れてくるとこちら用の人間になれるらしいが、弟にはまだ無理だ。 「みたまさまがね、お母さんに会いたいんだって。」 行ったら会えるもんなのか? 「ちょっとだけ、見るだけでもいいから。」 「何をすればいい?」 「ぼくたちをちょこっと影にはいらせてほしいの。」 「どうやったら入れる?」 「あんちゃんがいいって言えばはいれるから。」 さほど難しいことではなさそうだ。 「わかった。手伝うよ。」 「ありがとお。」 弟は目をキラキラさせてうれしそうに笑った。 あんちゃんも手伝いが出来てうれしいぞ。 翌日、その「みたまさま」がやってきた。 というか弟が連れてきた。 「どうやって来たんだよ。」 「夜のうちに通り道を使って。」 なんでも特定の道があるようだ。 「ぼくがいないと通れない。」 なるほど、案内人の特権か。 「みたまさま。ぼくのあんちゃんだよ。」 みたまさまは赤い着物を着た小さい女の子だった。 「よろしくね。」 弟のうしろに隠れるようにしていたが、ぺこりと頭をさげた。 ずいぶん古風な感じだな。 「じゃあ、あんちゃんの影にはいってもいい?」 「ああ、いいよ。」 ふぅっと二人の姿が消えた。 『あんちゃん、聞こえる?』 これは念話か・・・。 『ああ、大丈夫だ。』 弟に導かれてやってきたのは病院の中庭だった。 散歩の時間なのか、お年寄りの散策が多い。 『あんちゃん、あのおばあちゃんのとこに行ってみて。』 いわれるがままに近寄ってみる。 みたまさまにそっくりな女の子の写真・・・を眺めているようだ。 『おばあちゃん?』 『ううん。お母さんなんだって。』 ああそうか、ずいぶん前に亡くなったんだな。 だから古風な感じがしたのか。 「あら、もうお部屋に戻る時間ですよ。」 後ろから看護師ぽいお姉さんが来た。 「お夕飯の時間もあるからそろそろいかないとですよ~。」 お姉さんはほかのお年寄りも気にしている。 「あ、あの。」 思わず声をかけてしまった。 「ぼくが連れていきますから。」 「あら、お孫さん?じゃあお願いしようかな。」 お姉さんはそそくさと行ってしまった。 おばあちゃんはぼくのほうを見ているのだが、なんかぼんやりしているな。 『あんちゃん、隣にすわってみて。』 『うむ。』 ベンチの隣に座った。 「娘がね、帰ってきてないの。」 写真を見せてくれた。 「一年に一回しかこないのに。」 「娘さんって・・・。」 「亡くなったの。小さいときに。」 やっぱりそうなんだな。 「お盆に帰ってくるってことですか。」 「そうなの。だからきゅうりの馬を作るのよ。」 ああ、聞いたことがある。 きゅうりの馬は足が速いから、素早く帰ってこれる。 逆に戻るときはなすびの牛でゆっくり送るのだ。 『あんちゃん、お部屋に行ってみて。』 『わかった。』 ぼくはおばあちゃんの手をとった。 「おばあちゃん、お部屋に戻りましょうか。ぼく、ついていきますよ。」 「そう?ありがとう・・・。」 おばあちゃんはゆっくり立ち上がった。 目が見えにくいのかな。 手を引いてあげると安心するみたいだ。 部屋はせまいけどきれいに片付いている。 ベッドの横のテーブルにきゅうりの馬が置いてある。 「牛はいないの?」 「まだ帰ってきていないから。」 なるほど。 『あんちゃん、ちょっとベッドの枕元に行って。』 ん?何をするのだろう。 指示通り枕元へ行ってみる。 なにやら足元に風があたったような感触がした。 『もういいよ。帰ろう。』 『えっ、帰るのかい?』 『うん、あしたまた来るからって約束してね。』 ますます謎が深まる・・・。 「ぼく、明日また来ます。」 こんなこと急に言って変じゃないのか。 「よろしくお願いします。」 え? おばあちゃんは写真を胸にしっかり抱いたまま、丁寧に頭をさげた。 なんだかよくわからなかったが、ぼくは病院をあとにした。 「今日のはあれでよかったのかい?」 「うん~、ありがとうね。」 部屋にもどると弟だけが影からでてきた。 「みたまさまは?」 「今夜はお母さんとこにいる。」 みたまさまはなすびの牛がなくて戻れなくなっていたらしい。 お母さんは毎年馬と牛を用意してくれるのだが、 今年は帰ってきていることがわからなかったようだ。 「見えるもんじゃないんだろうからなあ。」 「だいじょうぶ。ぼく、ちゃんと教えたから。」 「教えたって、なにを?」 「帰ってきたら”ただいま”っていうんでしょ。」 「おばあちゃんに”ただいま”って言ったのか。」 そうか、だからおばあちゃんはあのときみたまさまが帰ってきたことに気づいたんだ。 「あんちゃん、ありがとね。」 「なにがだよ。」 「やっぱりあんちゃんはすごい。なんでも知ってる。」 「そんなことはないよ。」 そういうことも知らないくらい小さいときに亡くなっちゃったんだな、二人とも。 「またいろいろ教えてね。」 「もちろん。」 また弟がいとおしくなった。 翌日また病院へ行った。 今度はなすびの牛が置いてあった。 おばあちゃんは昨日より元気になっていてほっとした。 「また来年も”ただいま”って、帰ってくるからって。」 ああ、ちゃんと伝わったんだな。 来年は迷子になることはないね。 結局みたまさまは、なすびの牛に乗って戻っていった。 弟はちゃんと見送って仕事をしてきたようだ。 「そういや、うちじゃきゅうりもなすびも作ったことないな。」 「だってぼく、ずっとここにいたもの。」 いや、そうなんだけどさ・・・。 「いまは自分で行ったり来たりできるしね。」 そう言って例の紙に門を描く。 前よりちょっとだけ大きい門ができた。 前と違って弟は泣きべそにはならなかった。 成長したんだな。 「じゃあ、行ってくるね。」 「うむ、行ってらっしゃい。」 門が閉じると何も残らない。 でも弟はまた帰ってくるだろう。 今度は”ただいま”っていうんだぞ。 ぼくの葉っぱの絵は当分お預けになりそうだ。
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