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「海神様の言う通り、僕は穀潰しみたいなもんだ。僕一人いなくなったところで誰も困りはしないだろう。それでも僕は、君達の事が恋しかった」
海神様の水鏡は、この世のどこでも映し出すことが出来る。父は海神様に頼み込んで、手製の木工細工や彫刻品や詩作を献上する褒賞として、私達の様子を時々見せて貰っていた。
「水鏡を行使するのは海神様だから、僕が向こうで君達を見る時、必然的に海神様も傍で君達を見ていた。それで海神様が君に目をかけたんだ。いたく感心してたよ。聡明で勉強熱心で純粋な子だと。この子はきっとこの海の助けになるだろうから、お前はさっさと帰って娘のサポートをしろって。それで僕は無事に君達の元へ帰る事が出来た」
なるほど。それで帰ってきてからの父は、気味が悪いくらいに私の周りをチョロチョロしては世話を焼いていたのか。あれがサポートのつもりだったのか。
「まぁ僕の本音を言えば、君が海だの島だのの助けになろうがなるまいがどうでもいい。ただ君が好きな事をして好きなように生きて、毎日を楽しく過ごせたらそれでいいと思う」
「お父さんみたいに?」
「そう。僕みたいに。僕はとにかく幸せ者なんだ。戻ってきて改めてそう実感したね。妻とは相思相愛、賢く可愛い娘がいて、目に映る世界はいつだって輝いている。海に住むのも悪くはなかったけど、何かに囚われるってのは苦しいもんだ。でも今は違う。行こうと思えばどこへだって行ける。前途洋々だよ」
うっとりと両手を広げた父の後ろ姿に、私はふぅんと素気無い相槌を打つ。昼間から酔っ払ってるのかなこの人、と思ったが、考えてみたら父は下戸だった。でもまぁ自分に酔っているようだから、間違いではないだろう。
放っておこう。
私には他に、やることがある。
「お父さん、私寄り道して帰るね。ちょっと遅くなるかもしれないけど、いい?」
「勿論。大丈夫、君もどこへだって行ける」
仰々しく両手を振って、父は私を送り出した。
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