君はどこへだって行ける

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 昨日はこれと言って変わったことのない平凡でありきたりな一日で、強いて言うなら良かったことは先週実施された化学と英語の小テストがどちらも満点だったこと、悪かったことはお弁当が汁漏れしていて全部のおかずが筑前煮風味になっていたこと、くらい。  …だったのだけれど。  夜九時前、居間で大して面白くもないバラエティ番組を観ながらお風呂の順番待ちをしていると、不意にドアが開いた。  お風呂から上がった母が入って来たのだと思って、私は視線もやらずに「おかえり。早かったね」と声を掛けた。だって母が風呂場に向かったのは、つい五分くらい前のことだ。    「ただいまー」  その声が耳に届いた瞬間、私は口に放り込む寸前だったみかんを、ぽとりと机の上に落とした。  「遅くなってごめんなぁ」  居間の入口で照れ臭そうに頭を掻いているのは、小太り小柄の中年男。私は自分の目を疑った。  ふくよかなお腹まわり、いつも困ったようにハの字に下がっている太い眉、起きているのか眠っているのか近付いてみないとわからない細い目。見間違えるはずもない。  「………お父さん」  長らく消息不明だった父が帰ってきた。  実に三年振りの帰宅だった。
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