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母は少しだけ躊躇しながらも続けた。
「浩二さんはまだ若いわ。それにシカゴ大学での将来もあります。植物状態の百合とは離婚して、新しい人生を歩んで頂けませんか?」
離婚という言葉に私の心が揺れた。でも確かにそうかもしれない。私の為に彼の人生を台無しにする訳にはいかない……。
驚いた様に浩二さんが母を見つめている。そして大きく首を左右に振った。
「お義母さん。もちろんその答えはNoです。僕は百合を幸せにする為に彼女と結婚したのです。植物状態だとしても僕は百合を愛しています。僕の将来? 百合の居ない未来なんて僕には何の意味もありません。僕は一生、愛する百合の傍に居ます。中学生の時、彼女と登った中岳の山頂で僕はそう心に誓ったんです!」
その言葉に母が嗚咽を漏らした。そして小さな声で呟いた。
「……ありがとう、浩二さん」
彼のその選択が本当に正しいのか? 私には分からなかった。でも感極まった私は心の中で号泣していた。
その日の夜、浩二さんは疲れていたのだろう。介護の途中で私のベッドに突っ伏して寝てしまっていた。
(浩二さん、いつもありがとう)
そう思いながら、私は今日の浩二さんの言葉を思い出していた。
「中岳の山頂でそう心に誓ったんです!」
頭の中に響くその言葉に再び感動が溢れて来る。
そして、私はもう一度あの山頂の景色を浩二さんと一緒に見たいと強く願っていた。
私が死ぬ前に……もう一度だけ……。
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