奥鬼怒異界

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 新宿バスセンターから22時40分発の夜行バスに乗り、午前4時30分に尾瀬の玄関口、大清水に着いた。  私は昔から夜行バスでは絶対に眠れない。  その日も睡眠不足で不快な気分だった。  6月とはいえ、明け方の大清水は寒かった。  駐車場で着替えを済ませた私は、午前5時になるのを待って林道を歩き始めた。初ルートのうえ、樹林の間から聞こえる不気味な風の音が不安な気持ちを掻き立てる。  物見橋を渡り、湯沢出合の丸太橋を過ぎるといよいよ、急登が始まった。  空がだんだん明るくなってきたのは嬉しいが、平日のためか登山客は私だけで人っ子一人いなかった。  物見山まで私は無心で登り続けた。  2時間ほどで物見山山頂に着いたが、樹林帯に囲まれ展望はまったくなかった。そこからは鬼怒沼湿原に入った。  ガイドブックを見ると湿原の北端からは20分程度で鬼怒沼山にも行けるが、寝不足で行く気になれなかったので進路を右に取った。  奥鬼怒巡視小屋を通り過ぎると、どこまでも気持ちよい湿原の木道が続いている。鬼怒沼湿原は大小数百個にものぼる池塘が点在し、シラビソなどの樹林が周囲を包み込んでいる幻想的な世界だ。  鬼怒沼は標高約2000メートルにある、日本で最も高い場所にある湿原である。  静寂の中、自分が湿原に癒されていくのを感じながら歩いていた。  そこに何の前触れもなく突然、一匹の子ジカが現れた。  母親とでも離れたのだろうか、子ジカは私に寄ってくると思えば、私が近づいていくと逃げていく。  湿原を歩く間、子ジカと付かず離れずという関係がずっと続いた。  まるで、夢でも見ているような感覚だった。  木道の中ほどで二人連れの登山客に会ったことで、私は急に現実の世界に引き戻された。彼らはこれから、大清水を抜けて尾瀬まで行くそうだ。  大清水までのルートを尋ねられたので「所々、ぬかるんでいる場所があるので注意して歩いてください」と助言すると感謝された。  時刻はまだ、午前8時にもなっていなかった。  湿原の南端にあるベンチまで来ると、私は急に疲労を感じて腰を下ろした。私はここで昼寝ならず、朝寝を楽しむことにした。  ここは天国だった。    天国があるなら、おそらくこんな場所だろうと思いながら転寝をした。目が覚めると、いつの間にか子ジカの姿はなくなっていた。  前方には雄大な燧ケ岳が見えた。ここから先は何度も来たことがあるので道に迷う心配はない。私は今日の宿泊先の日光澤温泉まで、1時間半ほどの山歩きを楽しんだ。    宿に入り早々、露天風呂で登山の疲れを癒した。  その日は睡眠不足だったので、夕食が済むとさっさと寝てしまった。  ところが夜中、甲高い音で何度か起こされた。  どこからか「キーン、キーン」という金属音が私の部屋まで響いてくる。  朝、宿の人に尋ねると「あれはシカの鳴き声だよ」と教えてくれた。私はその時、昨日私に懐いて付いてきて、目を覚ますといなくっていた子ジカのことを思い出した。  母ジカが子ジカを心配して探しに来たのだろうかと思ったが、シカの悲しげな咆哮は私の耳の奥にずっと残った。    朝食を済ませた私は根名草山に向けて出発した。  幸い、今日も雲一つない晴天である。  実はこのルートも今回が初めてである。根名草山から金精峠に抜けるルートもいつか、行ってみたいと思っていた。  しかし、今日も昨日と同じように誰にも会わなかった。  登山道はコメツガやシラビソの立ち枯れや倒木も多くルートもわかりにくい道が続くが、天気がよいのだけが救いだった。  途中、相場の悪いガレ場が数ヶ所あり、ここで足を滑らせ転落でもしたら一巻の終わりだろうと思いながら、2時間ほど登り続けた。  根名草山のピークに着くと、私のような単独登山客が二人いた。  挨拶をして、お互い簡単な自己紹介をした。  狭い頂上からは昨日、通った鬼怒沼湿原の広がりと池塘が光って見えた。  湿原の池塘の碧さが言葉には言い表せないほど美しかった。  ここから見る湿原は見事だった。私は鬼怒沼湿原を遠方から眺めたことがなかったので、新たな感動を覚えた。  一人の男性は宇都宮在住で「あそこに平ケ岳が見えますよ」などと私にいろいろと解説をしてくれた。  もう一人の登山客は「私は、これから引き返します」と言って先に立ったので、私は宇都宮の男性と一緒に金精峠を目指すことにした。  念仏平避難小屋までの樹林帯はやせ尾根のうえ残雪も多く、初心者はルートもわかりにくく道に迷いやすい。    昔、はじめて鬼怒沼に行きついたのは大類市左衛門という地元の山男だったそうだ。川俣から野門、富士見峠、日光湯元を経て、金精峠から温泉岳を通り、念仏平までを踏破した。  山男の市左衛門でも相当難儀したらしく、「念仏を唱えながらさまようたた」ということから「念仏平」と呼ぶようになったという。私も一人ならおそらく、道間違いをしていたかもしれない。  傍に心強い仲間がいてくれたことに素直に感謝した。  私は念仏平避難小屋に着いた時空腹を感じ、男性に今まで一緒に行動してくれたお礼を言って、ここで昼食を取る旨を伝えた。  考えてみれば朝食の後、何も食べていなかったから当然だった。早々、日光澤温泉で作ってもらった弁当を広げた。梅干しを海苔で包んだだけのシンプルなお握りがおいしい。山で食べるお握りは、パンやカップラーメンなどより元気が出る。山はやはり、コメの飯に限る。  昼食後、樹林帯の中を進み温泉平を抜けると、温泉ガ岳入り口の標識を見付けた。私は登る気になれず、そのまま針葉樹の道を進むと所々、美しいシャクナゲの群生が見られた。  シャクナゲは昔から私の大好きな花だった。  花色は赤、ピンク、青紫、白、黄色と非常に多彩で、華やかで気品にあふれる姿から「花木の女王」と呼ばれている。  二泊三日の登山のラストで、絢爛豪華なシャクナゲの花たちに祝福を受けている気分だった。  その後、気持ちいいササの茂った視界の良い樹林を抜けると金精峠に着いた。眼前には男体山の山容が迫っていた。  鳥居をくぐると金精神社の祠の前で、先ほど別れた男性が私を待っていてくれた。 「お疲れさま!」 「あれ、ひょっとして僕を待っていてくれたんですか?」 「せっかくご飯食べている時に邪魔しちゃ、悪いと思って」  それから私は男性と駐車場まで急登を下った。  男性はそこに車を置いていた。私は男性の車に同乗させてもらい、東武日光駅まで送ってもらうことになった。バスの時間も確認していなかった私に、山旅の最後で何という僥倖だろう。   車内で男性と登山談議で盛り上がる。  男性が私に訪ねた。 「登山歴は長いんですか?」 「一応、大学時代からやっています。途中10年くらいのブランクはありますけど。特に北関東や東北の山が好きで、奥鬼怒や会津駒ケ岳とかには、よく行くんですよ」 「平ケ岳はアクセスが悪いですが、私なら会津駒ケ岳なら日帰りで行けます」 「それは羨ましい限りです。僕は会津駒ケ岳登山の時は必ず、桧枝岐に前泊しますよ」 「登山はたしかに、都会の人間より地方の人間の方が有利ですよね」と言って、男性は笑った。  私は今回の山行で、おとぎの国から現れたような子ジカとの出会い、子を思う母ジカの悲し気な咆哮を聞いた。  また、今まで知らなかった奥鬼怒湿原の姿、シャクナゲの群生の美しさに心を奪われた。  そして、最後は登山愛好家から予期せぬサプライズを受けた。  私は様々な思いを胸に噛みしめつつ、東武日光駅で男性と別れた。  
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