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里帰り
道路を国産車が引っ切り無しに過ぎ去っていった。時折公園から子どもたちの笑い声が聞こえた。燃えるような紅葉が咲き誇る並木道は、忙しなく騒がしいながらもどこか暖かい、そんな匂いを漂わせていた。
そんな大通りを歩きながら、堂野佳代はメールを打っていた。色めく紅葉にも、目の前を歩く人々にも、全く目をくれず、白光りするスマートフォンの画面にだけ熱烈な視線を注いでいた。
『緋夜組は四十九日の法要の真っ最中です。死んだのは極妻で、死因は半グレに背後から刺されたことです。この事件により緋夜組は組の権威も失い、離反する者も多々いるとのこと。緋夜組は確実に弱っています』
あまりに物騒な、まるで下世話な週刊誌のスクープのようなメールを送信すると、一分後に返信が来た。佳代が属する大阪の暴力団「青火組」の幹部からだ。
佳代は十二歳という若輩で青火組に加入した。
血で血を洗うような殺伐とした日々を送っていると性の香りが恋しくなるのか、屈強なヤクザに女を差し向けた途端骨抜きになってしまうという、まるで古い洋画のようなハニートラップは、今でさえ通用する。それに今では暴力団も人手不足だ。女を守るが俺らの仁義、などと言ってはいられない。
そんな裏社会の事情故か、それともただ単に佳代が優秀だったからか、数年経った今では、佳代は組織の幹部直々の命令を受ける程の情報員として務めている。
今回の任務は、和歌山の暴力団「緋夜組」の調査をすることだった。緋夜組は青火組と昔から睨み合う仲であり、昭和の時分に至っては、白昼堂々撃ち合いになるのも珍しくなかった。
しかし今はそうはいかない。警察の介入を避ける為、鮮度の良い情報をフルに活用し、出来るだけ相手より有利に立ち回らなければならない。佳代が出世したのはこんな時勢の御蔭もあった。
『ご苦労さん。帰ってきてええよ』
幹部から探り屋への労りの言葉は実にシンプルなものだった。きっとキャバ嬢でも囲いながら返信したんでしょうね、と佳代は思い切り舌打ちしてスマートフォンを胸ポケットにしまった。
しかし佳代が並木通りを抜けた時、また幹部からメールが来た。佳代は驚きながらも、スマートフォンを取り出す。
『ついでに里帰りでもして、親御さんに顔でも見したらどうや』
ファック――。佳代は青火組のメンバーが此処にはいないことを良い事に、低い声で、しかしはっきりと呟いた。
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