里帰り

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 堂野佳代はこの並木道から電車で数十分かかる、和歌山の商業団地のある一室で生まれ育った。  佳代の両親は貧しく、しかも母親ときたら病気がちであった。父の少ない稼ぎが母の入院費や治療費に溶けていくのを、佳代は汚らわしく思いながら眺めていた。あれだけの金があれば綺麗なお洋服が買えるのに、靴も買い替えられるのに――と考えを巡らせるうち、いつしか佳代は母を疎ましく思うようになった。  佳代には一雄という兄があった。一雄は頭が悪い程のお人好しで、勉強や部活を蔑ろにしてまで一家を支えることに専念していた。朝は新聞配達等のバイトに励み、学校が終わればすぐ家に戻り、家事の手伝いをした。近所の人々は一雄を家族思いの良い子供じゃとはやし立てた。  反面佳代は夜遅くまで図書館に籠り、家に帰るのは夜の九時以降であった。せせこましく変な匂いのする家より、図書館の方が数倍は落ち着いた。自分で金を稼ぐことなど一度もしたことがなかった。  「お兄さんはあんなに立派なのに、妹は、ねえ」  団地の人々が佳代に向ける視線は徐々に、氷より冷たくなっていった。佳代は他人の意見だとどこ吹く風でいたが、段々そうは言っていられなくなった。  「お前に苦しい思いをさせてしまっているのはすまないが、少しは家の手伝いもやってくれよ」  とうとう家の中からも、佳代に対して苦情が来てしまった。ある日仕事から帰ってきた父は苦り切った顔をして、諭すように佳代に言ったのだ。  図書館から借りてきた本を読んでいた佳代は、「何故です」と顔も上げずに答えた。自分に苦労をかけているのは両親だ。それは父親自身も分かり切っていることではないか。何故わざわざ自分の不幸の元凶に対して奉仕しなければならないのだろう。  皮肉なことに、これをきっかけに、佳代の傍若無人ぶりは輪にかけて助長されてしまった。
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