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(里帰り、親御さん……あの幹部、確実に酔っ払いながらあの文章打っていたんでしょうね)
佳代は駅に向かう裏通りを歩きながら、昔のことを思い出していた。裏通りにしては道も広く、空の明るさが道路のアスファルトまで届いている場所ではあるものの、あの並木通りのどこか牧歌的な雰囲気とはまた違った、華やかな都会の裏路地のような場所であった。
工事の音が鳴り響き、まだ昼間だというのに酔っ払いも通る。しかし佳代は気にならない。あの無神経な幹部の言いなりになるつもりはないけれど、しかし里帰りというのも一興かもしれない、そんな事しか頭になかった。
団地にいた時の佳代は、貧乏臭い古着しか着れなかった。しかし今は違う。今は清純な白ワンピースを身に纏い、靴もガラスの靴のような華美なものだ。しかも高いコスメで化粧をしているし、腋からは甘くスパイシーな香水の匂いが漂っている。
それをあの頭の鈍い両親や兄の前に堂々と晒してやれば、胸がすくかもしれない。そもそもあの両親がもっと金持ちであれば、自分は暴力団という闇社会に入ることはなかっただろう。これは正当な復讐だ。
想像するだけで全身の毛が逆立った。あの古臭い団地で惨めに暮らすあの3人に向かって、「ただいま戻りました」と聖女のような笑顔を浮かべて言ってやるのだ。ついでではあるが、あの無遠慮な幹部への苛立ちも少しは緩和されることだろう。
そんなことを佳代が考えていた時――突然、「あッ、危ないっ!」という男の声が後ろからした。何かが上からひゅうひゅうと迫っているような感じもした。
それに佳代は思わず足を止め、空を見上げると――工事の鉄骨が、佳代の顔面に向かって降ってきていた。
(……え、嘘、私死んじゃう?)
佳代はぼうっとして、暫し動けずにいた。口をあんぐりと開け、鉄骨が少しずつ迫っているのを見つめるしかなくなってしまう。
そんな佳代を、背後から誰かがどんと突き飛ばした。佳代はそのまま、鉄骨より少し離れて倒れ込む。彼女が強かに膝を打った丁度その時、鉄骨がアスファルトの地面に落ちて、喧しい音を立てた。
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