世紀末だぜ! 魔法学園

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 ずっと没交渉だったイノリから、意味ありげなメモを貰った。  おかげさんで、午前の授業は散々だった。  そわそわしちまって、先生の講義も右から左。  移動したら、校舎にまだ不案内なせいもあって、三年と途中まで授業受ける始末だし。先輩たちも「誰よ?」って言ってくれりゃ、いいのにな。  傑作なのは四限に、「訳して」って言われて、でっかい声で答えたときな。苦笑しながら、先生が言ったわけ。 「うんうん、bornは「骨」じゃなくて「生まれる」だね。モザルトは、モオツァルトのことかな。あと、今は英語じゃなくて、漢文だよね」  教科まで、間違ってるとは驚きだったわ。  俺の代わりに、鳶尾が答えてマル貰ってた。やな奴だけど、頭いいんだよ。  ずっとこんな調子だったから、四限終了のチャイムが鳴ったころにはホッとした。    さっそく、財布をケツポケに突っ込んで、教室を出た。  途中、購買に立ち寄って昼飯を買った。イノリがどうして、こんな風に俺を呼び出したのかわかんねえけど、念のため。  昼休みの廊下は生徒達であふれ返ってて、ぶつかんねえように気合を入れて歩いた。ほら、腹を減らした男子高校生くらい、気が立ってるもんはないし。今日は、マジで一分も無駄にしたくない気分だったから。  でも、俺って奴は、やっぱ迂闊なんだよな。 「ここどこよ?」  見渡す限り、似たような校舎。ひとつ、なんか温室みたいのがあるけど、どう見ても平屋で。21号館じゃないなら、別に用はねえわけで。  いや、浮かれるあまり、忘れていたわけよ。  21号館の305教室って、どこよ? ってことをさ。  この学校は、広い。  こんなでけえ学校が建つ土地が、日本にあったのかってくらい。  転校して一か月にはなるけど、まだ全部の校舎見れてねえくらいだし。  見取り図を見てくるんだったって、後悔しても後の祭り。  誰かに聞こうにも、校庭を突っきったあたりで、生徒の姿が減っていて。今いるとこには、俺以外には、ポプラくらいしか生えてねえ。 「うおおお、どうしよう?!」  俺は、頭を抱えた。  刻一刻と、時間は経っていくのがわかり、焦りが募る。  待ちに待った、イノリと、コンタクトをとる機会なんだ。絶対、ふいになんかしたくねえ。  俺は、グッと腹に力を込めて立ち上がる。 「ようし! こうなったら、猛ダッシュで全部見て回るだけ――」 「なあ」 「おわあ!?」  突然、うしろから声をかけられた。  ちょうど、気合を入れ直したところだったから、ぎょっとして叫ぶ。  つうか、どっから現れた。さっきまで誰もいなかったはずだぞ。  相手も、俺の悲鳴にびっくりしたのか、目を丸くしていた。  真っ青のふわふわした髪と、改造した制服。背は俺より小さくて、顔が女の子みてえに可愛い。  どっかで見たことある気がして、じっと見てたら相手がにこっと笑う。   「おどかしてしもた? ごめんなあ、てっきり気づいてると思ててん」 「え、いやいや。こちらこそ」  まごついていると、相手はますます笑みを深くする。  男子校なんだから、男に決まってんだけど。顔のせいか、女子と話すみたいに落ち着かない。 「ところで君、どっか行くとこやったんちゃう?」 「あっ、そうなんす! 俺、道が分かんなくて」 「はあ、迷子ちゃんか。ええよ、ぼくが連れてったろ」  先を行く美少年の髪が、一歩ごとにふわふわ揺れている。  昼休みって言ったら、誰でも一分一秒惜しいじゃん。  それを、道案内を買って出てくれるとは。謎の美少年には感謝してもしきれない。 「ありがとうございます」 「ええのよ。吉村くん、転校してきたばっかりやろ? ここ広いからわかりにくいよなあ」 「そうなんす、全然覚えられなくて」  あれ、俺名乗ったっけ? 不思議に思ったとき、美少年はニコっと笑った。 「吉村くん、一個注意しとくわ。さっき居たとこの温室。あこ、松代のスポットやから、一般生徒は近寄らへんの。一応、気ィ付けたほうがええよ。くだらんルールやけど、過激な奴もおるさかい」 「えっ?」 「ほら、着いた。ここが21号館。ちなみに、君の普段おるC館は、花壇挟んだすぐ裏手にあるで」 「んなっ?!」  美少年が指し示した先を見れば、確かに見覚えのある校舎があった。なんてこった、こんな近くだったなんて。俺は、ガクッと肩を落とした。 「あはは、灯台下暗しやな。ほな、ぼくはこれで」  美少年は、朗らかな笑い声を上げると、くるりと身を翻した。おれは、慌てて頭を下げる。 「あざっした! マジ、助かりましたっ」 「ふふ……桜沢によろしくな」 「えっ」  美少年は、謎めいた笑顔を見せて去って行った。  なんで、俺がイノリと待ち合わせてること知ってんだろう。 「まあ、いいか」  昼休みは有限なのだ。  俺は、21号館に飛び込むと、階段を駆け上がった。  21号館は、人っ子一人いなかった。なんかの実験棟なのか、ところどころ薬品の匂いがする。でも清潔そうで、日当たりだって悪くない。もっと生徒が集まっててもよさそうなもんだけど。  305教室は、すぐ見つかった。  イノリの奴、もう来てるかな。  引き戸に手をかけて、カラカラと引っ張る。ひょっと、頭をつっこんで室内の様子を窺った。  カーテンが閉まっていて、ほんのり薄暗い。教卓と、整然と並んだ白い机がある。誰もいない。 「イノリ、いねえの……?」  俺は、呟くくらいに呼びかけた。  すると、突然横から腕をはしっと掴まれる。 「わっ」  ぐい、と強い力で腕を引かれた。そのまま、教室の中へ強引に引っ張り込まれる。戸が、ガタンと乱暴に閉められる。  たたらを踏んだ俺の体は、固い、温かなものに受け止められた。 「うぐっ」  背中を、痛いほど締め付けられ、喉で息がつぶれた。  抱きしめられてると気づいたのは、ふわりと甘い匂いがしたからだ。  こめかみに、さらりとした髪が触れて、苦しいのにくすぐったい。 「トキちゃん、トキちゃん……」  泣きそうに切羽詰まった声で、イノリが俺を呼んだ。  その声を聞いていると、なんか、俺もジワリとこみあげてきて。意味わかんなかった、この頃のこととか。聞きたいことも、吹っ飛んでさ。  両腕を、イノリのでっかい背中に回した。ぎゅっと、カーディガンを握ると、頬が頭頂に摺り寄せられる。 「来てくれないかと思った……」 「……ばーか」  俺は、イノリの背をぽんと叩いた。
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