魔法使いとか聞いてねえぜ!

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「トキちゃん、オデコ痛い? 大丈夫?」 「や、前髪焦げただけだし……」  イノリがうるうるした目で、俺の額に保冷剤を当ててくれた。直にぶち当てるのでなく、タオルを巻いてくれる辺り、モテ男ってのは伊達じゃねえと思う。  今いる場所は、俺ん家のリビングだ。  イノリと俺は、隣り合って続きのダイニングのテーブルについていた。イノリの奴がいつも隣に座りたがるから、普段ならソファに座るけど。  わざわざ、いわくつきになっちまったソファに座りたい奴、いる? 「ありがとねえ、[[rb:祈 > いのり]]くん。はい、お茶どうぞ」 「あ、どもです」  母ちゃんが麦茶のコップを二つテーブルに置く。イノリは、つっけんどんに会釈した。いっつも、にこにこしてるのに珍しい。 「母ちゃん、俺コーラが良い」 「自分で出しなさいよ」 「[[rb:希美 > きみ]]ちゃん! わたしにもお茶っ」 「はーい」  いわくつきのソファをものともせず、ど真ん中にデンと座ったおばさんが、母ちゃんを呼びつけた。  おばさんはイノリに似て美人だから、偉そうにしてると女王様みたいだ。逆に母ちゃんは、全然どこにでもいるおばちゃんなんだけど。これでマジで仲いいみてえだから、不思議だよな。  じゃれ合うおばさん二人を眺めてたら、イノリに顎を掴まれてぐにっと振り向かされる。 「トキちゃん、ちゃんと冷やそう?」 「ん? おう」  イノリはふと、長い指で俺の短くなった前髪を梳いた。 「本当にごめんね。うちのオバサンの気が荒いせいで。せっかく、『横浜流星に似てきたぜ』って喜んでたのに……」 「おおおお、ここで言うなよそれを!」  おれは叫んで、イノリの口を塞いだ。  が、時すでに遅し。  母ちゃんが目を丸くして「あんた、あれ流星くん意識してたの?」などと言い、青少年の純情をいためつける。  がっくり項垂れる俺をよそに、おばさんがイノリをなじった。 「ちょっと、誰がオバサンよ、このクソガキ!」 「はあ? オバサンだろ、自分の歳も忘れたわけ?」  するとイノリも、馬鹿にしたような笑顔で言い返す。つうかお前、なんで今日はそんなに喧嘩っ早いんだ?   またもや、一触即発の空気を醸し出した二人に、やべえと思って立ち上がった。  すると、ガチャ、とリビングのドアが開く音。 「ふあー、やっと許してもらえたよー」 「ただいま。揉めてはいませんか、[[rb:拝音 > はいね]]さん、祈くん」  共用廊下で騒いだせいで、ご近所さんに締め上げられていた、オッサン二人が帰ってきた。  喧嘩がなあなあになったのは良かったけどさ。オッサンども今、手つないでなかったか?    リビングに、面子が全員揃ったところで、さっそく話し合いが始まった。  俺とイノリが、依然テーブルについていて。他の四人はソファに向かい合っていた。  けど、その並びが変なんだよな。  普段は夫婦同士で並ぶのに、今日は「父さん・おじさん」「母ちゃん・おばさん」になってんの。 「でさぁ、結局なにがどうなってんの?」  いい加減、わかんねえことがダルくなっていた俺は、ずばっと切り出した。  マジで、帰ってきてから、一回も気が休まってないんだわ。  俺の親父と、イノリのおじさんが不倫してたっぽくて?  トレンディドラマの修羅場かと思いきや、ニチアサの特撮みてぇな展開になるし。  じろっとねめつけると、親父は狼狽しまくって、膝をもじもじさせている。すると、隣のおじさんが、父さんの手をぎゅっと握った。 「[[rb:亜世 > あよ]]ちゃん……」 「勇二さん、大丈夫。ぼくがついてますよ」 「うん!」  大丈夫か決めんのは俺なんだよなぁ?!  手と手を取り合って、見つめ合うんじゃねえ。母親相手でもキツイのに、不倫相手とって、どういう神経してんだこのオッサン。  俺の削られるSAN値をよそに、親父はこほんと咳払いした。 「時生。驚かないで聞いてほしい」 「無理言うんじゃねえよ」 「そ、そう言わないで。ええと……どう言えばいいかな、俺と亜世ちゃんのことを。亜世ちゃんとは――時生が考えてるような、関係じゃなくてさ、その」 「普通に、愛し合ってるって言えば?」 「お、[[rb:桜沢 > おうさわ]]さん?!」  ぐだぐだと言葉をこねる父さんに、焦れたのは俺だけじゃなかったようだ。  頬杖付いたおばさんが、つまらなそうに言い放つ。父さんは、ぎょっと目を剥いた。 「愛し合ってるう?」  怪訝に問えば、父さんが茹で上がったように赤くなる。  おじさんは、そんな親父を可愛いハムスターを見るような目で見てて、怖かった。 「あのねえ、時生。そこのおっさん共――勇二と亜世はね。あんたの生まれる前から恋人なのよ」 「は」 「そんで、わたしと希美ちゃんも恋人なの」 「はああ?」  ちょっと待て、親父とおじさんが恋人で。ずっと前から付き合ってて?  その上、母ちゃんとおばさんまで付き合ってるって? それってなんてW不倫?  俺はぐるぐる回る、頭を抱えた。  母ちゃんよ、「やだ、拝音ちゃんたらいきなり……」とか照れてる場合か。  すると、おじさんがきりっとした顔で俺の名を呼んだ。 「時生くん、本当は君が成人するまで言わないつもりだったんですが……バレてしまったからには本当のことを話します。実は、今までのぼくたちは、パートナーを偽っていたんです。本当の夫婦の組み合わせは――拝音さんと希美さん。ぼくと、勇二さんなんです」  おじさんは真面目な顔で、父さんの肩を抱いて引き寄せた。そのままソファを立ち上がり、歩み寄ってくる。 「そして、君は正真正銘、ぼくと勇二さんの息子なんですよ」  そう言って、おじさんは親父ごと俺を抱きしめた。  高そうな香水の匂いと、親父の整髪料の匂いに包まれて、石のように固まる俺。  横でイノリが目をかっぴらいてて、猛烈に沸き起こる羞恥心。 「ふざけんなああああ!!」  とりあえず、こう叫ぶよな?
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