魔法使いとか聞いてねえぜ!

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「魔法学園?」  あまりにファンタジーな言葉に、俺は首を傾げた。  おじさんは、父さんのイクラに醤油をかけてやりながら、頷いた。 「はい。魔法使いは、二十歳までに魔法の存在を知ると、魔法を学び修めないといけない決まりになっているんです。時生くんも、これからは魔法の勉強をしないといけません」 「えっ、マジで?」  魔法使いって、この俺が? 生まれてこの方、魔法なんて使えたことがないんだが。  俺の疑問に、父さんがのほほんと答える。 「あ、それは大丈夫。魔法で生まれた子供は、絶対に魔法使いになるんだよ。だから、時生も魔法が使えると思う」 「ほー、そういうもんなん?」 「祈くんは、小学生から勉強してるけどね。まあ、二十歳から始める人もいるから、時生もすごく遅いってことないと思うわよ」 「ふうん」  母ちゃんの言葉に、相槌を打つ。  そういやイノリは、魔法が使えるんだったっけ。  隣で、アナゴを細切れにしているイノリを見てから、ふと気付く。 「え、でもおかしくね? イノリと俺、ずっと同じ学校なんだけど。お前、どうやって勉強してたんだよ」 「あー、俺ね、通信教育受けてたんだぁ」 「通信教育ぅ?!」  なんだそりゃ。魔法って、そんなユーキャンみてえな感じなの?  あんぐりと開いた口に、イノリが「トキちゃん、あーん」とアナゴを入れてくる。流れで咀嚼すると、甘くてうまい。  おじさんは、顎に手を当てて「うーん」と唸っている。 「そういう方法もありますが……ぼくとしては、学園に行くのをお勧めします。そのほうが学びやすいですし、安全ですからね。祈くんも、そこまで魔法を修めるには、かなり大変だったと思いますよ」 「んん、別に……」  イノリは、おじさんの言葉に困ったように眉を下げた。すると、ビールを飲んでいたおばさんが、けらけら笑いながら言う。 「そいつねえ。むかし転校させようとしたら、『時生と離れたくない~』って泣いて暴れてさあ。だから、仕方なく家にいさせてるのよ。ほんと、馬鹿よね――ぶっ!」  パーン! と急にビールが噴きあがり、おばさんの顔にぶっかかる。  イノリが手をかざしながら、おばさんを睨みつけていた。  おばさんは缶を握りつぶして、勢いよく立ち上がった。 「あんたねえ! 親に向かって、いい加減にしなさいよっ?!」 「うるさいなあ! 余計なことばっか言うなよ!」 「まあまあまあ、二人とも落ち着いて!」  言い合う二人に、母ちゃんがあわあわとタオルを持って割って入る。  俺も、イノリの腕を引いて座らせた。荒い息をつくイノリの背を叩きながら、気になったことを尋ねる。 「イノリ、お前。俺と同じ学校通うために、頑張ってくれてたのか?」 「う……っ」  イノリの顔が、ぼぼぼと火が付いたように赤くなる。色が白いから、変化が顕著だ。リトマス紙でも、こんななんねえだろってくらい。  イノリは、俺の視線から逃れるように顔をふいっと背ける。 「だって、俺、トキちゃんと一緒がいいんだもん。遠足とか、修学旅行とか、バス旅行とか、色々ぜんぶっ」 「旅行ばっかかよ」  言いつつ、俺はかなり感動していた。  テストも生活態度もゆるゆるなこいつが、俺といるためにそんな努力をしてくれていたとは。  うずうずする気持ちのまま、イノリの頭をガバリと胸に抱え込む。 「うわあっ!」 「く~、お前って、マジでいい奴だなあ!」 「や、やめてよ~!」  頭を犬のように撫で繰り回すと、イノリはわたわたと暴れた。なんだよ、俺がいないと嫌だとか、可愛いじゃねえか。  上機嫌で友情を分かち合っている俺に、父さんが生温かい目で言う。 「こらこら時生。青少年をそんなにいじめちゃあ、かわいそうだぞ」  いじめるとか、よくわからんことを言うなと思ったが、見ればイノリは火の玉みたいになっていた。もう秋だが、暑苦しかったのかもしれん。 「話を戻すけどさ。時生、俺も亜世ちゃんに賛成だよ。生半可にしないで、きちんと学んだ方が後々ためになるからね。そりゃ、高校変わるのは嫌かもしれないけど」  父さんが、急に親らしい顔になって言った。  おばさんも、しかめっ面でその意見に続く。 「勇二の言う通りよ。だから、イノリの馬鹿にも再三行けって言ってるのに」 「うーん……でもなあ」  大人の意見を聞き、俺はちょっと考える。  確かに、アホの俺が、学校も行かずに勉強できるかって言うとあやしいが……。  と、赤面から立ち直ったイノリが、俺の袖を引く。 「トキちゃん、学校行きたい?」 「へ?」 「いいよ。トキちゃん行くなら、俺も行く」 「はあ?!」  おばさんが、くわっと目を剥いた。 「えっ、お前、それでいいの?」 「うん、いいよー」  イノリは、ニコニコしながらあっさり頷いた。  その背後で、おばさんが「あんた、勝手すぎるわよ!」と怒鳴り、母ちゃんが押しとどめている。  おじさんが、苦笑しながら手を上げてまとめた。 「では、そういうことで。明日から転校手続きをしましょうね」
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